シーフゲッコーの巣窟
険しい山肌にぽっかりと口を開く洞窟の前に来ると、セレナさんが待ってくれていた。
「お待たせしましたセレナさん。早いですね!」
「当たり前でしょ、ルナが心配なんだから! だけどこの洞窟、なんか嫌な感じがするんだよね……」
中をうかがいながらセレナさんは顔をしかめる。
「それで僕たちを待ってたんですね」
「そういうことっ。……ここで間違いないんだよね?」
「ちょっと待っててください。はなちゃん、ルナちゃんの匂いはする?」
僕が問いかけると、はなちゃんは洞窟に長い鼻を伸ばして匂いを探り始めた。
「……パオ!」
鼻をあげてはなちゃんが一声あげると、セレナさんは確信したように目を開く。
「その様子だとここで間違いないみたいだね。それじゃあ行くよ!」
「はい! ――はなちゃん、行くよっ」
「パオン!」
こうして僕たちは怪しげな洞窟に足を踏み入れることにしたんだ。
中は暗くて視界が開けない上に、なんだか変な臭いも漂っている。
「うう、臭っさ……」
「ブロロロロ……」
はなちゃんもやっぱり臭いのか、不快そうに目を潜めていた。
「ごめんねはなちゃん、やっぱり臭いよね。だけど少しだけ我慢してくれないかな?」
「パオ」
僕のお願いにはなちゃんは快く応じてくれたみたい。
「こんなに暗いと中を進むのも大変だよね」
「ここはお姉ちゃんに任せてっ。メイクファイア」
セレナさんが魔法で指先に火を灯すと、少し前が見えるようになる。
「ありがとうございますセレナさん」
「これでも気休め程度にしかならないけどね。――行こっか」
「はい」
一転して真剣な表情になったセレナさんに、僕たちも続いた。
少しはなちゃんを歩かせると、洞窟の天井や壁から無数の何かがザワザワと飛び交い始める。
「わわっ!?」
「プオオ!?」
「二人とも落ち着いて、コウモリが飛んでるだけだよ」
セレナさんの言われてよく見ると、それは確かにコウモリの群れだった。
それにしてもたくさんいるなあ……、なんか不気味になってくるよ。
もしかしたら今までの変な臭いもコウモリたちのせいだったのかも知れない、これだけいたら出す糞も相当なものになると思うから……。
「ブロロロロ……!」
「大丈夫だよはなちゃん。だから落ち着いて」
コウモリたちの騒がしさで落ち着かないはなちゃんを、僕がなでてなだめる。
おびただしい数のコウモリたちを無視して再び進み出したのもつかの間、洞窟の奥からわらわらとシーフゲッコーの集団が襲いかかってきた。
「シーフゲッコーだ!」
「こいつらがルナを……!」
火種を宙に浮かべて離したセレナさんが、シーフゲッコーたちに向かって駆け込む。
「ウインドキック!」
そして風をまとわせた脚でシーフゲッコーたちを次々と蹴落としていった。
「グゲッ!?」
「グギィ!!」
蹴りの烈風でぶった切られていくシーフゲッコーたち。
ルナちゃんの無事がかかってるんだ、セレナさんも必死に違いない!
「僕たちも行くよ!」
「パオーン!」
「マジックシールド!」
大きな耳を開いて魔法のバリアを張らせたはなちゃんを、シーフゲッコーの集団に突撃させる。
「ズオオオオオ!!」
はなちゃんも長い鼻や太くて丈夫な脚でシーフゲッコーたちを次々と蹴散らした。
奴らの毒も今のはなちゃんには届かない、さっきの失敗はもうしないよ!
「もー! こいつら数が多すぎてキリがないよー!!」
一方セレナさんは次から次へと飛びついてくるシーフゲッコーに手を焼いていた。
これもなんとかないと!
「ブレスウインド!」
新しくイメージに浮かんだフレーズを叫ぶと、はなちゃんの鼻から猛烈な烈風が吹き荒れる。
「グギィ~~!!」
「グゲゲェ!?」
おびただしい数のシーフゲッコーも、これで一気に吹き飛ばして洞窟の壁に叩きつけた。
「ありがとうゆー君、ナイスだよ!」
「それほどでもないですよ~。――おっと、浮かれてる場合じゃなかった!」
親指をたてるセレナさんに誉められて一瞬浮かれかけた僕は、頬をピシン!と叩いて気合いを入れ直す。
そんなこんなでセレナさんと協力してシーフゲッコーを蹴散らし、僕たちは洞窟の中を突き進んだ。
「ここが洞窟の最奥みたいだね……!」
そして僕たちはついに洞窟の一番奥にまでたどり着く。
「ううっ、ここもここで臭っさ~!」
「ブロロロロ……!」
このエリアはコウモリの巣とはまた違った悪臭で充満していて、僕たちは鼻をつまんだ。
なんていうか死臭もそうだし、加齢臭みたいな酸っぱい臭いも混じってる気がする。
「ひいっ、骨ぇ!?」
足元を見ると、牛の頭蓋骨みたいなのが転がってて思わず飛び退いてしまった。
「これがアレックスさんたちの言ってた雌牛の残骸だね……」
こんなときでもセレナさんは冷静で、牛の骨の前でしゃがんで調べている。
さすがはアレックスさんも一目置く冒険者、骨くらいじゃ動じないんだね……。
そう思っていたら、はなちゃんが長い鼻を上げて一声上げた。
「パオ!」
「あれは!」
はなちゃんが鼻で差し示した方には、僕と同じくらいの女の子が横たわっている。
二つに結んだ長い金髪、間違いない!
「ルナちゃん!」
「ルナ!!」
僕たちが見つけたルナちゃんに駆け寄ろうとした次の瞬間、奥で一際怪しい目がギロリと光った。
「招カレザル珍客ヨ、何シニ来タ……!」




