シーフゲッコーたちの女王
*
「ん、んん……っ」
気がつくとルナは暗く湿った洞窟の中に運び込まれていた。
「ここは……? ――ひっ!?」
辺りを見渡すルナだが、四方を埋め尽くす光る目に彼女はゾッと背筋が凍る。
その中で一際大きく怪しげに光る目が、ルナに語りかけた。
「ホウ、コレガ我ヘノ貢ギ物カ」
「しゃべる魔物……!? それにルナが貢ぎ物って……! ――身体が、動かない……!」
「無駄ダ、シモベ共ノ毒デ貴様ノ身体ハ麻痺シテイルデアロウ」
そう告げて暗がりからルナの前に姿を現したのは、見上げるほど巨大なピンク色のトカゲである。
「あなたは何者なんですか? ルナをどうしようというのですか!?」
「煩イ小娘ダ、ダガ我ノ糧トナル前ニ教エテヤロウ。我ハ女王ト呼バレシ者」
「女王……!」
女王を名乗る巨大トカゲに、目を見開き恐怖で身震いするルナ。
そんな彼女を前に女王は嘆かわしそうな口ぶりで説明を始める。
「百年ヲ生キタ我ハモウ卵モ産メズ、コノ身モ永クナイ。ダガコノママ朽チ果テタクハナイ。若返リノタメニハ若き雌ノ血肉ガ必要ナノダ」
「そのためにルナを……?」
「ソウダ。我ガ血肉トナリ、コノ身ヲ若返ラセルノダ……」
「いや……ルナ死にたくない! いやああああああああ!!」
おもむろに迫る女王を前に、ルナのけたたましい悲鳴が洞窟に木霊した……。
***
ルナちゃんの匂いをたどるはなちゃんは、グリルマウンテンをさらに登っている。
ルナちゃん、待ってて。僕が必ず助け出してみせるから……!
はなちゃんの背中に乗って意志を固める僕に、セレナさんが声をかける。
「しっかりだよゆー君。キミならルナを見つけられるって信じてるからね?」
「はい、もちろんです……!」
僕を頼りにするセレナさんは、唇をぎゅっと噛みしめて憤りの表情を浮かべていた。
大切な家族を奪われたんだもん、許せるわけがないよね。
グリルマウンテンのデコボコとした山道を進んでいると、正面から怪我人らしき仲間を抱えた冒険者の人たちを見かけた。
あの人たちは麓でちょっとだけ会ったアレックスさんたち冒険者のパーティーだよね。
「アレックスさーん!」
「ユウキか。また会ったな……」
「一体どうしたんですか!? 怪我人がいるみたいですけど……」
はなちゃんから降りた僕に、アレックスさんが代表して説明を始める。
「調査をしていたら向こうの洞窟で、シーフゲッコーのねぐらを見つけたんだ。姿を消した雌牛の残骸が中で転がっていたから、そいつらが今回の犯人だと確信して攻撃を仕掛けたが……このザマだ」
「シーフゲッコーたちにやられたんだね。ちょっと見せて、今から解毒するからっ」
僕の背後から歩み出て毒消しを投与して回るセレナさんに気づいて、アレックスさんが恭しく挨拶をした。
「おお、セレナさんも一緒だったか。仲間を助けてくれて助かるよ」
「困ったときはお互い様だよ」
「あれ、セレナさんと知り合いなんですか?」
「ああ。セレナさんはアトラスシティーの冒険者ギルドでも腕利きの弓使いだと評判だからな」
セレナさんにそんな顔があったなんて。確かに弓矢のテクニックとかすごいもんね。
「う、うう……」
「おいセドル、大丈夫か!?」
「ああ、嬢ちゃんの毒消しのおかげで楽になったぜ……」
セドルさんって呼ばれた怪我人の人が、セレナさんの毒消しで回復したみたいで何よりだよ。
毒消しを一通り投与して回ったところで、セレナさんが無念そうに一言。
「シーフゲッコーならさっきわたしも戦ったよ。それで妹がさらわれた」
「妹さんが、か!? そいつはまずいな……!」
セレナさんの言葉で危機感を顔に滲み出すアレックスさん。
「それってどういうこと……?」
「洞窟の中にいたのはシーフゲッコーだけじゃないんだ。最奥には奴らの親玉、女王個体がいてな、そいつに俺たちもこっぴどくやられたよ」
「女王個体……!」
「ああ。取り巻きのシーフゲッコーなんかとは比べ物にならないくらい強くて、俺たちでは手も足も出なかった……! もしそいつがセレナさんの妹さんも雌牛と同じように餌だと見なしたなら――」
「――――!!」
アレックスさんの言葉の途中で、セレナさんはいてもたってもいられなくなって駆け出した。
「僕たちも行こう。アレックスさん、情報ありがとうございます」
「お前らも本当に行くつもりなのか……?」
「はい。ルナちゃん……セレナさんの妹さんは僕にとっても大切な人なので。――行こうはなちゃん」
「パオン!」
一声あげたはなちゃんの背中に乗って、僕たちもセレナさんの後を追って進み出す。ルナちゃんの無事を胸に願いながら。
少し進むと地面に百を越えるシーフゲッコーが死屍累々と転がっているのが目に入る。
セレナさんがやったんだと思うけど、これだけの数を倒しながら突き進むなんてやっぱりすごいな……。
シーフゲッコーの死骸を辿るように進むと、怪しげな気配が漂う洞窟の入り口にたどり着いたんだ。




