天の川に金平糖を撒く
天の川の掃除をすることになった。気球で雲の上に着陸した途端、タイガはゴミの多さに愕然とした。
「うわ、ここにもレジ袋が……こんなに汚いと思わなかったな」
普段は地下のダンジョンを掃除しているタイガにとって、空は未知の世界だ。油断するとすぐゴム長靴が雲にはまってしまう。天の川の浅瀬も歩きにくく、時々小さな星が跳ねて膝や腰を直撃する。
そんなこんなで、一時間もしないうちにへとへとになってしまった。
いつもは同僚の水野とチームを組んでいる。いい加減でうっかり屋の水野だが、居ないと妙に心許ない。
「いたらいたで大変なんだけどさ」
自称『水の精霊』の水野は、仕事ができるとは言いがたい。
ダンジョンを爆破したり、店の品物を魚のように泳がせたり、都合が悪くなると水滴になって姿を消したり、おかしなことばかりする男だ。
「今日に限って休むなんてなあ……こんな仕事こそ水野さんがやるべきなのに」
タイガは冷たい水に足を浸し、ペットボトルや菓子パンの包みを網ですくった。間違えて星まですくってしまい、腕をざくりと刺される。
「ごめんごめん、わーーーかったってば、もうしないよ」
天の川に星を戻すと、さらに小さな星がいくつも流れてきた。
淡いピンクや水色、白、黄色、どれも半透明で光が弱い。まるでプラスチックのようだ。
「星……じゃないみたいだな。これもゴミ?」
すくおうとすると、上流から船がやってきた。大きな笹の葉を重ね合わせたような形で、ゆっくり滑るように進んでくる。
「タイガー! 掃除頑張ってる?」
船頭に立ち、手を振っているのは水野だった。
* * *
さわってみると、船は本当に笹でできていた。水野はいつもの魔法使いのような作業服ではなく、着物風のローブに黒い帽子をかぶっている。
船にはもう一人、少女が乗っていた。同じく着物風のワンピースに空色のケープを合わせ、髪をツーサイドアップに結っている。
「こんにちは清掃員さん。私はりん子。一年に一度、この人と一緒に金平糖を撒くの」
勝ち気そうな目でにこりと笑い、少女は言った。
水野は船から降り、木の箱に入った色とりどりの金平糖を見せてくれた。タイガが覗き込むと、粒がいくつか動いたように見えた。
「大丈夫。タイガは僕の同僚だから、噛みついても怒らないよ」
「いや怒るよ。仕事さぼって何やってんだよ」
水野は聞いているのかいないのか、金平糖をひとつかみ投げた。小さな粒たちが天の川を転がり、色模様を作り、やがて沈んで落ちていった。
さらにひとつかみ投げると、ぶつかり合って虹色の光を放った。川べりにしゃがんで見ると、雨のように地上へ落ちていくのが見えた。
「呆れたわ。職場の人に話してなかったのね」
りん子は白い金平糖を一粒、タイガの手のひらに乗せた。
「これあげるわ。食べると願いが叶うのよ」
「えっ。でも俺」
ぴょこん、と金平糖が跳ねた。早く、と水野が言った。
「りん子がこんなに気前いいのは珍しいんだから。気が変わらないうちに食べちゃいなよ」
「気前がいいわけじゃないのよ。あなたがそうやって人に迷惑かけるから」
金平糖はタイガの手の上でころころ転がり、笑っているように見えた。そっと指で撫でると、内側がほんのりオレンジ色に光った。
「これ、もらっていい?」
「だからそう言ってるじゃない。願い事が決まったら食べちゃいなさい」
「俺は願い事なんてない。これを持って帰りたいんだ」
りん子はまばたきを繰り返した。水野が声を上げて笑う。
「相変わらずだね、タイガ。ほんと出世しないタイプ。だから彼女もできないんだよ」
タイガは気にせず金平糖を見つめていた。熱を持ったり、光が灯ったり消えたり、しばらくは落ち着かなかったが、やがて手のひらに吸い付くように座ってくれた。
「うん。やっぱり俺、これがいい」
地下水から生まれたヒトデに出会った時のことを思い出した。触れてみて、色や光を見るとなんとなくわかるのだ。
一度きりの願い事よりも、淡く長く光ってくれる星。
タイガはもう一度金平糖を撫で、胸ポケットに入れた。
変わった人ね、とりん子が言った。水野は深くうなずいた。
「僕の友達だからね。変人じゃなきゃ務まらないよ」
* * *
りん子は雲の上のスーパーへ買い物に行き、水野は残ってタイガと掃除をした。
「こんなゴミなんか、つっついて地上に落としちゃえばいいんだよ」
「だめだってば。さっき星を降らせたばっかりなのに」
「当たり外れがあるから面白いんじゃん。早く終わらせてアイス食べよう」
雲の上のスーパーは消費税がなく、日替わりでアイスの安売りもしている。野菜は産地直送で新鮮、レジ袋も無料だ。
「だからゴミが多いのか」
「関係ないと思うよ。お高いアイテムだってごろごろゴミになってるし」
水野は天の川を両手いっぱいにすくい上げ、宙に放った。
星たちは怒らず、蛍のようにゆるやかに飛んだ。
「彼女、いい子だな」
「誰?」
「誰って、りん子に決まってるじゃん」
ああ、と水野は小さく笑った。星のかけらが帽子や髪に残り、水滴のように光っている。
「今日が終わったら僕のこと忘れちゃうんだ」
「え……」
「別にいいんだけどね。来年また会えるし、ずっとそうしてきたから」
漂う星々を見上げる水野は、満足そうにも寂しそうにも見えた。
あの金平糖を、水野のために使おうかと一瞬思った。
でもきっと、水野もりん子もそれは望んでいないのだろう。
「タイガは本当に願い事がないの?」
「うーん。思いつかない。こうやって好きな仕事して、面白いものいっぱい見るのが夢だったから」
「そっか。じゃあ僕と同じだね」
タイガの胸ポケットで、金平糖が嬉しそうに揺れる。
夕焼け色に染まり始めた雲の上を、りん子が帰ってくるのが見えた。両手いっぱいの荷物から、お得用の七夕アイスバーが三袋覗いている。
明日になれば消えてしまう。
でも消えない。
この時間はいつまでも、天の川に乗ってめぐり続ける。
見えなくても、つかめなくても、メリーゴーランドのように空を回り続けている。
おわり