表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【短編】りん子&関連作

天の川に金平糖を撒く

作者: れみ

 天の川の掃除をすることになった。気球で雲の上に着陸した途端、タイガはゴミの多さに愕然とした。


「うわ、ここにもレジ袋が……こんなに汚いと思わなかったな」


 普段は地下のダンジョンを掃除しているタイガにとって、空は未知の世界だ。油断するとすぐゴム長靴が雲にはまってしまう。天の川の浅瀬も歩きにくく、時々小さな星が跳ねて膝や腰を直撃する。


 そんなこんなで、一時間もしないうちにへとへとになってしまった。


 いつもは同僚の水野とチームを組んでいる。いい加減でうっかり屋の水野だが、居ないと妙に心許ない。


「いたらいたで大変なんだけどさ」


 自称『水の精霊』の水野は、仕事ができるとは言いがたい。

 ダンジョンを爆破したり、店の品物を魚のように泳がせたり、都合が悪くなると水滴になって姿を消したり、おかしなことばかりする男だ。


「今日に限って休むなんてなあ……こんな仕事こそ水野さんがやるべきなのに」


 タイガは冷たい水に足を浸し、ペットボトルや菓子パンの包みを網ですくった。間違えて星まですくってしまい、腕をざくりと刺される。


「ごめんごめん、わーーーかったってば、もうしないよ」


 天の川に星を戻すと、さらに小さな星がいくつも流れてきた。

 淡いピンクや水色、白、黄色、どれも半透明で光が弱い。まるでプラスチックのようだ。


「星……じゃないみたいだな。これもゴミ?」


 すくおうとすると、上流から船がやってきた。大きな笹の葉を重ね合わせたような形で、ゆっくり滑るように進んでくる。


「タイガー! 掃除頑張ってる?」


 船頭に立ち、手を振っているのは水野だった。



 * * *



 さわってみると、船は本当に笹でできていた。水野はいつもの魔法使いのような作業服ではなく、着物風のローブに黒い帽子をかぶっている。

 船にはもう一人、少女が乗っていた。同じく着物風のワンピースに空色のケープを合わせ、髪をツーサイドアップに結っている。


「こんにちは清掃員さん。私はりん子。一年に一度、この人と一緒に金平糖を撒くの」


 勝ち気そうな目でにこりと笑い、少女は言った。

 水野は船から降り、木の箱に入った色とりどりの金平糖を見せてくれた。タイガが覗き込むと、粒がいくつか動いたように見えた。


「大丈夫。タイガは僕の同僚だから、噛みついても怒らないよ」

「いや怒るよ。仕事さぼって何やってんだよ」


 水野は聞いているのかいないのか、金平糖をひとつかみ投げた。小さな粒たちが天の川を転がり、色模様を作り、やがて沈んで落ちていった。

 さらにひとつかみ投げると、ぶつかり合って虹色の光を放った。川べりにしゃがんで見ると、雨のように地上へ落ちていくのが見えた。


「呆れたわ。職場の人に話してなかったのね」


 りん子は白い金平糖を一粒、タイガの手のひらに乗せた。


「これあげるわ。食べると願いが叶うのよ」

「えっ。でも俺」


 ぴょこん、と金平糖が跳ねた。早く、と水野が言った。


「りん子がこんなに気前いいのは珍しいんだから。気が変わらないうちに食べちゃいなよ」

「気前がいいわけじゃないのよ。あなたがそうやって人に迷惑かけるから」


 金平糖はタイガの手の上でころころ転がり、笑っているように見えた。そっと指で撫でると、内側がほんのりオレンジ色に光った。


「これ、もらっていい?」

「だからそう言ってるじゃない。願い事が決まったら食べちゃいなさい」

「俺は願い事なんてない。これを持って帰りたいんだ」


 りん子はまばたきを繰り返した。水野が声を上げて笑う。


「相変わらずだね、タイガ。ほんと出世しないタイプ。だから彼女もできないんだよ」


 タイガは気にせず金平糖を見つめていた。熱を持ったり、光が灯ったり消えたり、しばらくは落ち着かなかったが、やがて手のひらに吸い付くように座ってくれた。


「うん。やっぱり俺、これがいい」


 地下水から生まれたヒトデに出会った時のことを思い出した。触れてみて、色や光を見るとなんとなくわかるのだ。

 一度きりの願い事よりも、淡く長く光ってくれる星。

 タイガはもう一度金平糖を撫で、胸ポケットに入れた。


 変わった人ね、とりん子が言った。水野は深くうなずいた。


「僕の友達だからね。変人じゃなきゃ務まらないよ」



 * * *



 りん子は雲の上のスーパーへ買い物に行き、水野は残ってタイガと掃除をした。


「こんなゴミなんか、つっついて地上に落としちゃえばいいんだよ」

「だめだってば。さっき星を降らせたばっかりなのに」

「当たり外れがあるから面白いんじゃん。早く終わらせてアイス食べよう」


 雲の上のスーパーは消費税がなく、日替わりでアイスの安売りもしている。野菜は産地直送で新鮮、レジ袋も無料だ。


「だからゴミが多いのか」

「関係ないと思うよ。お高いアイテムだってごろごろゴミになってるし」


 水野は天の川を両手いっぱいにすくい上げ、宙に放った。

 星たちは怒らず、蛍のようにゆるやかに飛んだ。


「彼女、いい子だな」

「誰?」

「誰って、りん子に決まってるじゃん」


 ああ、と水野は小さく笑った。星のかけらが帽子や髪に残り、水滴のように光っている。


「今日が終わったら僕のこと忘れちゃうんだ」

「え……」

「別にいいんだけどね。来年また会えるし、ずっとそうしてきたから」


 漂う星々を見上げる水野は、満足そうにも寂しそうにも見えた。

 あの金平糖を、水野のために使おうかと一瞬思った。

 でもきっと、水野もりん子もそれは望んでいないのだろう。


「タイガは本当に願い事がないの?」

「うーん。思いつかない。こうやって好きな仕事して、面白いものいっぱい見るのが夢だったから」

「そっか。じゃあ僕と同じだね」


 タイガの胸ポケットで、金平糖が嬉しそうに揺れる。


 夕焼け色に染まり始めた雲の上を、りん子が帰ってくるのが見えた。両手いっぱいの荷物から、お得用の七夕アイスバーが三袋覗いている。


 明日になれば消えてしまう。

 でも消えない。

 この時間はいつまでも、天の川に乗ってめぐり続ける。

 見えなくても、つかめなくても、メリーゴーランドのように空を回り続けている。



 おわり

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] りん子さん、タイガ、水野、久々に合う面々です。「ダンジョン」シリーズ、楽しかったなぁ。この3人でコロナ鍋、じゃなかったコロナ禍をなんとかして欲しい。最強のキャラだから、きっとどうにかしてくれ…
[良い点] 水野、タイガ、りん子、みんな元気そうでよかったです。ファンタジーなのに甘くない。世俗的なようで卑近でない。矛盾するテーマをふんわり飲み込んだ天の川の流れのような文体が、とても心地良かったで…
[良い点] とうとう水野とりん子がそろって七夕に一緒にいる話になりましたね。 不思議な金平糖を撒く仕事、それも幻想的です。 最後の水野のセリフが切ないですね。 自分を忘れてしまうけど、また来年逢えるか…
2021/07/03 20:35 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ