今日から始める暴走生活!〜シスコンを添えて〜
最初は『謀略生活』だったのですが………タイトル詐欺だなぁ、と変更しました。
よろしくお願いします。
(もっと情報が必要だわ)
お姉様がいなくなってしまった後、私は心から思ったの。
知らない事は罪だ、と。
私にはお姉様がいる。
ひとつ上のお姉様は、私とは比べものにならないくらいとても賢くて優しくて美しい、まさにパーフェクトの自慢のお姉様なのだ。
気がつけばいつも一緒で、起きた時から、食事もお勉強も、遊ぶ時もいたずらして怒られる時も、ずっとずっと一緒だった。
そんな日々が流れ、私が7つになった時。
お姉様は、『第二王子様の婚約者』に選ばれた。
それは、とても名誉な事で、めでたい事なのだと、みんなが言ったわ。
だから、私は「やっぱりお姉様はすごい!」ととても嬉しくなったの。
だけど、「おめでとうございます」と言った時、お姉様はあまり嬉しそうな顔をしていなかったから、少し嫌な予感がしたのよね。
そうしたら、予感は大的中。
まず、領地から王都へ移動する事になった。
まあ、そこは良い。
たまにしか会えなかったお父様と毎日会えるようになるし、別に王都の屋敷も庭が広々として嫌いじゃなかった。
だけど、お父様と共にお姉様も毎日王城へと行く事になったのよね。
私を残して………。
分かってるのよ?
婚約者になった為に、王子様のお嫁様になるためのお勉強をする事になったんだから、そこに、なんの関係もない妹が、一緒に行けるわけが無いって事は。
優しい言葉で説明してもらって、当時の私も納得したはずだった。
王城に行くとはいっても昼間だけだし、夜は一緒にご飯食べれるし、その後も一緒にいてくれる。
ただ、朝起きたらお姉様がいなくて、遊んだりする時間がなくなっただけ。
でも、理屈では分かっていても、感情は別だったみたいで………。
ずっと一緒にいたお姉様がいない。
幼かった私には、その状況は耐えられないほど辛いものだったのだ。
今思えば、忙しい両親の代わりに側にいてくれたお姉様に、私はすっかり依存していたんだと思う。
それを突然取り上げられた状況に、すぐに、体が悲鳴を上げた。
何かの拍子に咳がとまらなくなり、妨げられた呼吸に意識が遠のく。
さらに、あまりに激しい咳に子供の細い骨が耐えられず骨折を繰り返した。
骨折を治癒魔法で癒す事は出来ても、苦痛の記憶は当然残る。
不思議と姉がいれば、発作はほとんど起こらなかった。
それはそうだ。お姉様がいないストレスで病気になってたんだから。
「姉様が居ないと痛くなる」と怯えて泣く私に優しい姉は、教育を受けなければならない責任と妹を苦しめたくない感情の狭間で、すごく苦しんでたそうだ。
結果、今度はお姉様がストレスで食事を取れなくなった。食べると気分が悪くなり、戻してしまうのだ。
水分とほんの少しの果物や麦粥。
お姉様はみるみる痩せ細っていった。
正直、その頃の記憶は曖昧で、これは、少し大きくなって病が癒えた頃に、お母様が苦笑いしながら教えてくれた事。
結局、王城のお医者様まで出てくる騒ぎとなり、相互依存の可能性を指摘されたんだって。
2人を一緒にしていたら、自我の境目がより曖昧になり、さらに離れられなくなる。
まだ幼い今のうちなら修正も利くはずだ。
そうして、私は「空気の良い場所で療養するのが一番の薬」と、母と共に領地へ帰る事になったの。
仕事で王都から離れられないお父様と、お勉強のあるお姉様を残して。
最初の半年は、私はひどい発作を何度も起こし、ずっとお姉様を呼んで泣いていたそう。
その度にお母様が抱きしめて子守唄を歌い、ずっと側にいてくれたのはうっすらと覚えてる。
優しい声とか柔らかな指先の感触に、私は確かに満たされてた。
同時に、馴染んだ領地の使用人や引き合わされた同じ年頃の子供達と過ごすことで、ようやく私は少しずつ落ち着いてきて、徐々に発作の回数も減っていった。
あまりにも側にいた理想的な存在。
幼い私は、それに憧れるあまり自我との境目が曖昧になり、お姉様にべったりと依存してしまい。
突如その存在から離された事で、自分という存在があやふやになりパニックになったのだろう、と、後に病の原因を教えてもらった。
かなり複雑な気分になったのを覚えてる。
まぁ、お姉様の側に居れないのは寂しいけれど。
お手紙を書けばすぐに返事はくるし、年に数回とはいえ、王都に行けばその間ずっと側にいて甘やかしてくれる。
短いけれど濃密なお姉様との新しい関係に私は満足だった。
その裏で、お姉様がどれほど大変な思いをしているか考えもせずに。
学園に通う年になり、王都に行けば、あまりにも忙しいお姉様の生活が垣間見えた。
一緒にお茶や食事を楽しむどころか、朝の挨拶を交わす事も難しいってなんなの?
私が起きた時には、すでに家を出ているし、帰りを待っていてもいつの間にか寝落ちしてしまい運ばれている始末。
なんなら王城勤めで忙しいお父様との方が、一緒にご飯食べたり時間取れてるんですけど!
それならば、学園で!と意気込んでみたのだけど。
学生時代ほど1学年の差が大きいのだと痛感しだ。
そもそもこの学園、学年ごとで校舎が違う仕様なんだよね。
授業の合間には移動時間の問題で断念。
昼休みに特攻をかけるも、すでに移動済みで捕まえられず。
辛うじて捕まえられたとしても、申し訳なさそうに次の予定を語られれば、すごすごと引き下がるしかない。
なんで同じ屋敷で暮らしていて、ここまですれ違いの生活になるのかと私は荒れに荒れた。
一番確実なのは早朝の姉の起床時間に合わせる事なんだけど、毎回起きてると、姉が「もう少しゆっくりしてもいいのよ」と申し訳なさそうな顔で言われてしまう始末。
あんな顔されたら諦めるしかないじゃない!
早起きの苦痛よりも、お姉様に会えない方が辛いのに!
「健やかな成長は良質な睡眠が必要なのよ」なんて、女神様のような笑顔で諭されれば白旗をあげるしかないでしょう!
そんな風に手をこまねいている内に、お姉さまは私達の前からいなくなってしまった。
めちゃめちゃ後悔したわ。
困らせても、ピッタリと張り付いていればよかったのに、とか。
邪魔な王子をさっさと排除する(物理で)べく動けばよかった、とか。
だけど。
お姉様に張り付いていた(なにそれ!羨ましい!)影の人からの話に、いろんな意味で泣きそうになった。
イロイロ全然、伝わってない!
私は当然の事。
お父様だってお母様だって、お姉様の事大好きなのに!!
言葉が足りない私達が当然悪い。
だけど、その言葉を交わす時間が物理的に無かったのも問題だわ!
だいたい、よくよく聞けば通常の王子妃教育なんて3年前には終わってて、おまけで本来は王太子妃が受ける教育すら終わらせて、今は帝王学齧ってるって、なんで?!
魔法の腕は王宮魔術師並みって何?
たかが第二王子妃に、そこまでの知識も技術もいらないよね?!
絶対、打てば響くように吸収していくお姉様に楽しくなっちゃった教師陣がハッチャケたんだわ!
帝王学とか、ダメ王子の尻拭いさせる気満々じゃん!
そんな気を回すくらいなら、バカ王子縛り付けてでも詰め込めっての!!
そんな終わらない日々を過ごしてたら、心折れる。
ていうか、心無くす!
私だったら暴れて待遇改善叫んでるわ!
もう、どこから突っ込んでいいか、分からない。
「うふふふふふふふ・・・・」
どこからかうつろな笑い声・・・・と、思ったら発生源は自分だったわ。
こわっ!
そうね。もう、笑うしかない。
みんな空回りして、溜まり溜まったそれが、お姉様を傷つけた。
そして、私も、加害者の一人、なのよね。
幼さを理由に依存して、それ故に病になった。そうして、勉強で大変なお姉様からお母さまを奪ってしまった。
領地の事をしなければいけなかったのも本当だろうけど、私の事が無ければ、あんなに領地にこもりきりになるはず、なかったもの。
潤む視界を、ぎゅっと閉じる事で耐えた。
そして、もう一度目を開ける。
無知は罪。
ならば、今からでも知っていけばいい。
私たちがそうだったように、もしかしたらタイミングが悪くて誤解された人もいるかもしれない。
そうだと良いな、と思う。
本当は、お姉様を思っての言動で、お姉様の周りは優しい人ばかりだったのなら…。
そしてそうでなかった場合は・・・・。
少しくらい、八つ当たりしても許される、よね?
心は決まった。
やるべき事も見つけた。
次は行動、よね。
「バッカス?お姉様が今いらっしゃる場所って、お姉様に危険はないのよね?」
取り合えず、大前提の確認。
「そうでございますね。招待を受けた事はございませんので、実際にどういう場所かは確認出来ていませんが、購入されたはずなのに使われている様子の無い品物を配置されているのなら、お嬢様にとって大変心地よい空間になっていると思います」
相変わらずの丁寧な口調で回りくどい説明ありがとう。
まあ、大体分かっていたけど心配性の執事長が、お姉様を探す手配してないんだから、安全よね。
「そう。なら、安心ね。じゃあ、ライさん?今度は、今日お姉様がお会いした方たちのお名前を、詳しく教えていただけるかしら?」
ニッコリ笑顔で、執事長の横にいる王城からつけられた影とやらに視線を向ける。
「それを聞いてどうするんだ?」
感情を移さない真っ黒な瞳が見つめ返してくるけど、そんなんでひるんであげるほど、上品なお育ちしてないのよね、私。
領地では、《怖いもの知らずのじゃじゃ馬姫》って有名だったんだから。
「もちろん、何がお姉様の引き金を引かせたのか、その原因を探しに行くのよ。・・・・・余計な事言わなくてもいいわ。最後の背中を押したのが自分だって事くらい、分かってるから」
ちらりとよぎった光に先読みしてくぎを刺せば、初めて、男の瞳に興味を引かれたような光が宿った。
それに、肩をすくめて見せる。
「そうよ。八つ当たり相手を探しに行くの。自分を殴っても不毛だもの。それは、お姉様にゆだねるわ」
自虐趣味は、無いんだよね。
大体、断罪するのは、被害者の特権だし。
まあ、だからこれから私がするのは、お姉様が落ち着くまでの暇つぶし、及び状況把握よ。
知らなければ後手に回るだけだから、ね。
まあ、その中でもしかしたらちょっと手が滑る事があるかもしれないけど。
・・・・バレなきゃ大丈夫!よね?
おまけにお父様ともお話ししっかりさせてもらいました。
だって、お姉さまはまだ未成年。
長時間の拘束は保護者であるお父様の許可がない限り、基本は出来ないはずなのよ。
突っ込んで話を聞いた結果、王城の教師陣に適度に煙に巻かれて、許可を出す形になってた。
怒るよね、それは。
ちなみにお母様も怒り心頭でしたよ。
ある意味騙し打ちみたいな内容だったしね。
てか、お父様、押しが弱いのね。知らなかったわ。
親の働く姿って中々目にしないから知らなくてもしょうがないけど。
そこら辺は、お母様が再教育図るみたいだしお任せしよう。
代わりに、私が知りたい事を探す後ろ盾になってもらえるみたいだし、良しとするわ。
今、大事なのはお姉様!
かくして、《お姉様》というストッパーを無くした妹の暴走が始まるのである。
ケース1 王子妃教育を担当した教師陣。
「教えた知識は教えただけ吸収するのが楽しくて」
「課題を与えれば、きちんとこなす上に自分の見解までプラスしてくる姿に、もっと上を目指せるとつい………」
「息詰まってる時に相談すると、思いもよらない方向から切り込んできて、新鮮な見解にもっと議論を重ねてみたくて」
概ね、悪意はないけど自分の欲望優先のお返事ばっかりだったわよ。
これは怒っても良いわよね?
複数いる教師がそれぞれ無駄に時間を取れば、それだけお姉様の時間が削られるなんて、子供でも分かるでしょう?!
自己の研究にまっすぐなのが研究者の性だと言われても共感するわけ無いし。
お父様に言って、適当な理由で研究費を削減してもらおう。そうしよう。
あ、ちなみにお父様は財務省のトップです。
物理的制裁を我慢しただけ、感謝してください!
ケース2 お姉様の友人
学生にとって1学年の差は大きい。
しかも、この学校、学年によって校舎が違うし、制服のリボンの色が変わるから、一眼で別の学年って分かるのよね。あ、ちなみに私は水色でお姉様の学年は赤色よ。
他の学年の校舎を訪ねる事は、禁止されてはいないけど、あまり歓迎もされない。
さらに上の学年、なんてなったら普通は敷居が高いんだけど。
お姉様に会いたくて、何度も突撃してた私にとっては今更ね。
さらに言えば、お姉様のクラスの方にも「あ、妹さん」って認知されてるわ。
だからこそ、ライの話に違和感あったのよね。
お姉様の「お友達」。
すごく親切で優しい方達ばかりなんだもの。
すれ違いになってしょんぼりする私を慰めてくれたり、お菓子をくれたり。
なんなら、「私たちでは変わりにもならないでしょうけど」と一緒にランチした事もあるくらい。
その時も、緊張する私に優しく気遣ってくれたし、私の知らない学校でのお姉様エピソードをたくさん教えてくれた。
教えてもらったエピソードも、「淑女の鑑、私たちのお手本なのよ」的な尊敬してるお姉様の行動や、「ちょっとお茶目な面もあるのよ」という細やかな失敗談などで、私に負けず劣らずの愛に溢れていたのだ。
私も「この方達は仲間だわ!」と、惜しみなくお姉様の幼い頃のエピソードを語り、微笑ましい話にみんなで盛り上がったものである。
そんな方達が、お姉様をディスった?
あり得ない!
と、いうわけで。
学園でいつものようにお姉様のクラスに突撃。
「今日はお休みされているのよ?」
といささか不思議そうな方達を、「皆様とお話ししたくて」と笑顔で連れ出し、個室へと誘導。
何度か一緒にお食事した時も個室だった為、怪しまれる事もなく。
無事、いつものメンバーゲット!
あ、ちなみにお姉様の失踪は伏せられてます。
今後どう転ぶか分からないし、しばらくは急な病で寝込んでる、と王家の方には報告済み。
今まで真面目に日々過ごしていたお姉さまへの信頼もあってあっさり信じてもらえたよ。
やっぱり人間、日頃の行いが大切だね!
学園の方にも同じ言い訳してるけど、学生さん達には動揺する人もいるだろうから、しばらくはオフレコで、と重ねてお願いしてます。
両親全面協力だとこの手の話が通りやすくていいね!
そうして。
一瞬、迷ったけど呼び出した御三方には、全てを正直に暴露する事にしました。
ので、お話をする前に、こっそり防音の魔道具を起動させます。
食堂の個室も扉さえ閉めればそこそこの防音があるんだけど、私がお仲間と見込んだ方達だもの。
お話しすれば、きっと………。
「え?昨日の会話をキャリー様に聞かれてた?」
「そんな恥ずかしいですわ」
「でも、こっそり忍び寄って脅かそうとするなんて、キャリー様ってお茶目で可愛いですわ!」
お昼休みには学園に来て、昼食を取ろうとした時に、皆様を見つけて忍び寄ったエピソードにこの反応。
やっぱり………。
頬を赤くしてキャキャウフフと悶えているご友人方に投下しますよ、爆弾。とう!
「ところがお姉様ったら最後までお話し聞かずに踵返しちゃって」
「あら、そういえば。結局昨日はいらっしゃらなかったですわ」
「そうですわね。また急なお呼び出しでもあったのですか?」
うん。
まだ伝わってない。
キョトンとして首を傾げる様子は、年上ながら可愛らしいです。見習わなくては、この女子力。
「あのですね。本当に最初の部分だけ聞いて、どこをどう勘違いしたのか、皆様に疎まれていると思われたようで、涙目でおうちに帰ってきました」
「「「…………………え?」」」
あ、3人が固まった。
お互いに顔を見合わせ、そうしてこっちにギギギッとぎこちない動きで向き直す。
あ〜〜どこかで見た動きだなぁ〜〜。
あ、昨日の私達かぁ。
そっと耳を手で塞いだ瞬間。
悲鳴が弾けました。
「私達がキャリー様を疎んでる?!どこから……どうしたらそんな勘違いが生まれますの?!?」
「というか、ショックを受けてお家に帰られたって??涙目って???」
「はっ!!もしかして本日急にお休みされたのも、そのせいですか?!?」
悲鳴まじりの問いかけは、耳を塞いでいても聴こえるくらいで。
普段の淑女然とした様子は欠けらも無いわね。
やっぱり防音の魔道具持ってきて良かった。
この調子で騒いでたら、学園の警備が何事かと駆けつけてきちゃう。
「まぁまぁ、落ち着いてください。皆様方が思った通り私の仲間だという事が確認出来て良かったです」
「仲間って何ですの?!?」
「それよりも、キャリー様に謝罪に伺わせてください!」
「そうです!誤解です!話せばきっと分かります!!」
宥めようとするも、むしろ半泣きで縋りつかれた。
すごいわ、お姉様。
お姉様に嫌われたと思っただけでこんなに取り乱すほど、ガッチリと皆様の心を掴んでるなんて。
ちなみにこの方々も高位貴族で、同世代の手本と憧れられていて、普通、こんなふうに取り乱す事はありえない。
お姉様を囲んでの3人主催のお茶会に参加する事は、同世代の女性みんなの憧れなのだ。
私も個人的にランチに誘われるなど可愛がっていただいてるが、お姉様の実の妹だと公表していなければ、妬み嫉みでひどい目にあっていたこと間違いなしだし。
学園に入学したての頃、お姉さま自ら周囲の方に「私の可愛い妹をよろしくね」なんて紹介されてなお、凸する私にちくちく嫌味を言う令嬢がいるくらい人気者だからね。
「お姉様の信者仲間ですわ。皆様のお姉様への愛は、私にはしっかり分かっています。
ただ、その前にもショックな出来事が重なって、お姉さまが勘違いされて、途中で逃げてしまったんですわ。
皆様の会話を最後まで聞いていたら、あまりの褒め倒しに恥ずかしさで出ていけなくなる事はあっても、誤解する事など無かったはずなんですけれど」
堂々と宥めるように手を振りながら、出来るだけ低い声でゆっくりと話す。
決して否定せず、共感の言葉だけを選ぶ事。
表情は穏やかに、微かに微笑む程度で。
今朝方バッカスに聴いた会話のコツを脳裏で繰り返しながら言葉を選ぶ。
視線はキツくならないように少し綻ばせ、目線は合わせてゆっくりと頷いてみせて………。
お手本はいつでも冷静沈着な我らが執事長バッカス。
執事長バッカスに私はなる!
「………落ち着かれましたか?」
3人の縋り付いていた手から力が抜け、青ざめていた頬に少し血色が戻る。
「ええ。申し訳ありません。少し取り乱しましたわ」
3人の中で一番位が高い侯爵家のマリアンヌ様が、まだ少し震える声で返事をすると、一歩、私から離れました。
後の2人も、叫ぶ事はやめましたが、少し放心状態のようですね。
「………それで、キャリー様は、今……」
どうにか気持ちを落ち着けようと深呼吸を繰り返す皆さんに少し申し訳ない気持ちになりながら、ここまできたら一蓮托生よね、と、最後の爆弾を投げ込んでみる。
「あ、昨日のうちに家族にも行き先を告げずに出奔してしまいました」
「「「?!?!?!!!」」」」
あ、皆さん気絶して崩れ落ちた。
床に倒れ伏す前に、どこからか現れた使用人達が抱き止めてるから怪我はないだろうけど。
そのまま粛々と奥の部屋へと運ばれていった。
ここ、二間続きで仮眠用のカウチがあるんだよね〜。
大きめソファーも運び込ませてたみたいだから、そこで目が覚めるまで見守るんだろう。
「流石に刺激が強すぎたかぁ」
「お嬢、言い方考えような〜〜」
これまたいつのまにか背後に立ったライにコツンと軽く小突かれる。
「はい。やりすぎました。反省します。後のフォローよろしく」
素直に謝っておきましょう。
お友達はクリア!
さ!次行ってみよ〜〜!!
私の名前は、オリオン=サンドリアグルス。
恐れ多くも公爵の地位を頂いている。
代々国の財務を預かる職についており、先日、大臣の座を引き継いだばかりの若輩者だ。
そもそも。
私の上には優秀な兄がいて、気楽なスペアとしての生活に満足していた。
元々、頭を使うよりも体を使う方が得意だったので、将来は剣の腕を磨いて、領地で治安維持に努めつつのんびり暮らすつもりだった。
僻みや成り代わってやろうという野望を抱く余地もないほど、7つ年上の兄は完璧で素晴らしい人物だった。
文武両道、容姿端麗。それでいて性格も決して驕らず人を思いやれる優しさを持ちながらも、締めるところはきっちり締める。
そんな天から二物も三物も与えられたような人で、私も大好きだった。
この領地を盛り立てていくであろう兄の少しでも支えになれれば、と、無邪気に思っていた。
思えば、あの頃が私の人生の中で最も気楽で幸せな日々だったと思う。
それが崩れたのはもうすぐ私の13の誕生日を迎えようという日、だった。
その日、連日続いた大雨で領地の各所に少なくない被害が出ており、父と19で既にその補佐を始めていた兄は、連れ立って現地の視察に出かけていた。
突然の災害に落ち込む領民を励ます意味もあったのだと思う。
つつがなく1日を終え、もう遅いからと引き止める現地の人を振り切り、家路を辿った2人の思惑はもう分からない。
その帰り道、越えようとしていた峠の道の山が崩れ、随行していた騎士諸共2人の乗った馬車は生き埋めとなった。
予定の時刻を遥かに過ぎても帰らぬ一行に不審に思った母が、探しにいくように人を出し、見つけたのは大量の土砂に埋もれた道だった。
「そこに御領主様達がいる」
そう分かったのは、同行していた騎士の証言があったおかげだった。
先払いの為先陣を切っていたおかげで辛うじて土砂に埋もれる事はなく、だけど落石に全身を打たれ落馬。更に落ちてきた巨石の一つに片足を潰されてしまった様だ。
彼は、岩の下から逃れる為に自らの脚を切り落とし、助けを呼ぶ為に這いずるように前へ前へと進んでいたそうだ。巨石から続く血の跡が彼の孤独な戦いを物語っていた。
そして、探索隊に抱き起こされると朦朧としたまま、その唐突に襲った不幸の全てを語り、守れなかった事を謝罪しながら事切れたそうだ。
夜を徹して、土砂を取り除く作業は続けられた。
またいつ崩れてくるかも分からない不安の中、しかし、逃げようとする者は誰1人いなかったそうだ。
2人の人望がよく分かる。
だが、奮闘虚しく。
夜が明けようとする頃に、ようやく掘り出された馬車は破損した窓から流れ込んだ土砂で中まで埋め尽くされており、その中には、互いに庇い合うように寄り添う2人の亡骸があった。
突然の現領主後継の死。
それは《サンドリアグルスの悲劇》として今も領民の記憶に生々しく刻まれている。
何が言いたいかと言うと、何の覚悟も心意気もなかった次男坊に、突然公爵家という大きな神輿がその背中に投げられたって事だ。
知識も心構えもない。
だけど、それを言って逃げる時間すらもない。
いや。逃げても、良かったのだろう。
今まで続いた公爵家の歴史も、大切に守り慈しんできた領地も。
仮に放り投げたところで、きっと王家から助けの手が入り、適当な人物が新たに送り込まれたはずだ。
ただ、尊敬していた父と敬愛していた兄の愛した領地が、別の人の色に染められていくというだけで。
そして。
そんな現実を私自身が受け入れられなかっただけで。
無茶だなんて誰に言われるでもなく、分かってた。
だけど。
父が兄が愛して守ろうとしていた土地を人を、赤の他人にどうしても託せなかった。
そうする事で、2人の存在が薄れてしまう気がしたのだ。
かくして。
知識も覚悟も何もない僅か13歳の公爵領主が誕生したのだ。
幸いだったのは。
2人を慕い、その意志を汲む………汲もうとあがく私を助けてくれた人達がいた事。
それは、直接の部下だったり、父や兄の旧友だった人だったり。
そんな人たちに助けられ、どうにか歩き始めた時。
今度は母が倒れた。
周囲の憧れになるほどに仲の良かった夫婦だった。
突然もぎ取られた片翼に、気丈に振る舞いつつも耐えきれなかったのだろう。
何処かが悪いわけでもない。
ただ、気力をなくし弱っていく母をどう支えていいか分からず、次々と湧いて出てくる領主の仕事に逃げた私の代わりに、母に寄り添ってくれたのは、兄の婚約者だったアリョーシャだった。
4つ年上の美しい人。
兄の婚約者として初めて会った時、その凛とした美しさに言葉を失って見ほれた事を、今でも覚えている。
完璧な兄に寄り添うその姿は、ため息しか出ないほど美しい一幅の絵のようだった。
憧れと愛しさの境界線はどこだったのだろう。
兄がいた事で完成されていたその絵が損なわれた事で、浅ましい欲が湧いて出たのかも、知れない。
兄の婚約者。
兄亡き後、年齢を考えれば、他にも良縁はいくらでもあったはずなのに。
「このままサンドリアグルスへ嫁いで、現領主を支えてもらえないか」
どこからともなく湧いて出た希望を、止める事が出来なかった。
少なくとも私が拒絶すれば、その流れを止める事は出来たはずなのに。
「こんな年上のお嫁さんでごめんなさいね」
婚姻の夜。
少し困ったように小首を傾げた彼女に、なんと応えたかは、覚えていない。
ただ、彼女の人生を歪めてしまった申し訳なさと、抑えても込み上げてくる歓喜に振り回されていたから。
その夜に授けられた娘は、とても愛おしく。だけど何処か申し訳なくて………。愛したいのに素直に抱きしめる事が出来ない。
まるで私の愛とエゴの象徴のように感じてしまったのだ。
その後、時が流れ。
覚束なかった領地経営も軌道に乗り、王城での仕事もどうにか回す事が出来る様になった。
キャリーが生まれてしばらくして眠る様に儚くなった母に変わり、妻も立派に社交も領地の仕事もこなしてくれた。
幸せな家庭。
幸せな時間。
だけど、その全ての根底に「この人生は本来は兄のものだったのに」という思いがこびりついて消せなかった。
愛しい妻。愛しい娘達。
言葉で、態度で、全てを伝えたいのに、臆病な私は手を伸ばす事も出来ず、指先を握り込んでしまった。
すぐ目の前に、寂しそうな笑顔を浮かべる娘が居たのに。
「ねえ、あなた」
キャリーが消えたその夜。
悔恨と自己嫌悪の嵐に動く事も出来ず書斎に蹲っていた私の元に、妻がやって来た。
外から見れば仲睦まじいおしどり夫婦のように言われるが、現実の私たちは、必要以上に寄り添う事のない、まさに仮面夫婦の様だった。
こんな関係を望んでいたわけではない。
一眼見た時から視線を奪われた憧れの人だ。
だが、兄の婚約者として良好な関係を築いている2人も知っていた私は、どうしても、自分の気持ちを素直に伝える事は出来なかった。
私に出来たのは、当たり障りなく、だけどあなたを尊重しています、と遠まわしに匂わせる事だけだった。
ああ。
思えば、全てにおいて、私は中途半端なままだ。
なんの準備も無いままにあまりにも巨大な「サンドリアグルス」という神輿を担がされ、差し伸べられる助けの手に縋り、どうにか歩く日々。
自信など持てなかった。
流れゆく年月の中で、少しずつ自分で決断出来る事柄が増え、差し伸べられる手を離す事が出来る様になった。
それでも。
本当に1人で歩いているのか。
父の兄の影に支えられているのでは無いかという思いから、逃れる事は出来ないままで。
どれほどの時を重ねても、貴女は「兄の婚約者」のままだったのかも知れない。
だけど。
どれほど焦がれた事か。
この腕に抱きながら、どこか遠い貴女に。
私だけのものにしたいと、私だけのものだと。
何度歯噛みした事か分からない。
「ねえ、旦那様」
少し寂しげないつもの笑顔で、貴女は私に語りかけた。
「私が旦那様に嫁いでから、もう15年の時が過ぎました。旦那様のお兄様の婚約者と定められ、ともに過ごした時の倍、過ぎました」
「………?」
突然の言葉に訳が分からず、思わず首を傾げた私に、妻がずいっと一歩歩み寄った。
「もうそろそろ故人の陰から歩み出してくださいませ。貴方は貴方。オリオン=サンドリアグルス。この15年。足掻き苦しみながらサンドリアグルス領を率いて来たのは、紛れもなく貴方です。
悔しさに泣いても、力尽きて倒れても。
もう一度立ち上がり歩き出した貴方を私はずっと側で見ていました。
私は、貴方の妻です!
お兄様の婚約者でも、サンドリアグルスを守る為の生贄でもありません。
私は自分で望んでここにいるのです!!」
それは、魂の底から絞り出す様な声だった。
いつも、余裕のある澄ました顔では無い。
頬は涙で汚れ、力を入れ過ぎた顔は真っ赤で、真剣すぎるあまりまるで睨みつける様に険しい瞳。
とても見れたものでは無いひどい顔で……。
だけど………。
「私は!貴方の妻なのです!!」
叫んだ妻を、誰よりも何よりも愛おしく思った。
私が色々考えていた様に。
妻にも、妻なりの葛藤が色々あったのだと。
その瞳は、何よりも真っ直ぐに私のごちゃごちゃと考え過ぎて混沌としていた胸を貫いた。
「ああ、アリョーシャ!愛してる!愛してるんだ!!君を………………愛してる」
抱きしめて。
今まで、喉の奥で凝って言えなかった言葉を解放した。
そう。
私は貴女を、ずっと愛していた。
だけど。
貴女よりも年下で、何の知識もなく。
公爵家を支えるためだけの生贄の様に、兄から弟の花嫁へとスライドされてしまった貴女に。
ずっと。
申し訳なくて。
でも、義務でも同情でも隣にいてもらえる事が嬉しくて。
拗れてしまった感情は、子供たちへも素直に愛を伝える事をずっと阻んでいた。
そのせいで、大切な娘を傷つけてしまった。
「…………まだ、間に合うかな?」
「愛に手遅れは、無いんですって。ねえ、私は貴方も娘達もとても大切なの。貴方は?」
「もちろん!愛しているに決まっている!!!」
読んでいただき、ありがとうございました。
なんで娘が消費されるのを止めきれなかったのか。
フォローするつもりがただのヘタレになった様な……。
両親共にトラウマと遠慮がありました。
公爵領ついだ当時、本当に何もできなくて王城からも多大なフォローをしてもらってた為、強く出れなかったんですよね……。
娘もなんだかんだと器用にこなしちゃったもんで、まぁ、いける?のか?的な。
吹っ切れたら強い!はず。
次は娘と共に両親も暴走する、はず(笑
そして姉ちゃん何してるんでしょうねぇ(汗