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人魚姫メルジーナは今世こそ平和に結婚したい  作者: 丹空 舞
第三章

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ティモの誕生日

番外:ティモとリアのその後



少年は帝国の美しい町並みが広がるカフェで、静かな一時を楽しんでいた。

彼の名前は、ティモシー。

平民から貴族へと成り上がった彼は、理知的で美しかった。


テーブルには本やノートが広げられていて、勉強に集中しようとしていた。

そんな時、カフェの扉が開いて、待ち合わせの相手が入ってきた。


「こんにちは、ティモ様。お待たせしてしまい申し訳ありません」


帝国の紋章をつけた白いシンプルなブラウスが似合う。

仕事をする女という感じの淡々とした声だ。

彼女は、リアという。


ティモは笑顔で答えた。

「リアさん、こんにちは。勉強していたからすぐだったよ」


ぐっ……と何かをこらえたような声を出したリアは、深呼吸をして席についた。

椅子に座ってすぐ、リアは手紙とプレゼントを取り出した。


「ティモ様。こちらがお姉様からのお渡し物です」


ティモの姉は現在、城で皇太子に仕えている。

公務でしばらく隣国へ行くため、直接渡せないということで、リアが渡す役になったのだった。


何を隠そう、リアはティモのファンだった。

まず、顔が推せる。

あざといところも推せる。

しかし、それだけではなく、ティモの性格や経歴や立ち居振る舞い、言動の全てがことごとくリアのツボを串刺しにしてくるのだった。


だが、職業婦人としてリアは完璧だった。

仕事とプライベートは分けなければならない。

黄色い悲鳴や煩悩丸出しの言動を全てシャットダウンし、リアは全身全霊の理性でもって今日を迎えていた。


(私はメルジーナ様の使者、配達する者、無機物と変わらない有象無象の中の一つ、落ち着きなさいリア。ティモ様の迷惑になってはいけないし、不審がられてはいけない)


ティモは姉からのプレゼントを受け取り、眉をひそめて中身を確認した。

何か植物のようなものが見えた気がしたけれど、ティモはすぐに箱に閉まってしまった。


確かに今日はティモの誕生日だ。


「ありがとうございます。でも誕生日だからって、大げさなことしなくていいのに」

と、ティモは軽く笑って言った。


リアは真剣な表情で言った。

「お気持ちは分かりますが、特別な日ですからね。ティモ様がうまれてきてくださった日ですから」

「ふふ、ありがとー。そう言ってくれると嬉しい」

「この帝国中が祝福していますとも」


実感を込めて発言する。


「ふうん。ねぇ、リアさんは?」

「え?」

「僕の誕生日、お祝いしてくれる?」

「ッもちろんです! ……おめでとうございます」


心を込めて言った。つもりだった。

だが、ティモは頬杖をついて、リアをのぞき込んでくる。


「リアさんは、何かくれないの?」


リアは絶句した。

からかうつもりでいるのかと思ったけれど、彼の目は真剣だ。

まるで海の底を思わせる、魅惑の青。

この子は自分の愛らしさや魅力を知っているのか……?

分かってやっているとしたら、恐ろし過ぎる。


「……申し訳ありません。私ごときがティモ様にお渡しできる物はありません」

「えぇー、なんでも嬉しいんだけどな」


ティモはリアのきっちりと結われている髪に目をやった。

そして指を指した。


「これ、欲しいな」

「え」


リアは驚きが顔に出ないように息を止めた。


「リアさんがつけてる髪留め。珊瑚がついてて綺麗」



リアの心臓の鼓動が戻ってくる。


(くっ……これ、っていうのが……私かと思った……!)


職業婦人のプライドにかけて、帝国のメンツにかけて、平常心を失うわけにいかない。

リアは口を固く引き結び、すぐに髪留めを外した。

珊瑚はそこまで高級ではないものの、ちょっとしたアクセサリー程度には売れる。


「これでよろしいでしょうか。私が使っていたものなので、お祝いになるかは分かりませんが、精一杯の祝福の気持ちを込めてお渡しさせてください」


結っていた髪がほどけてリアの頬に流れ落ちる。

ティモは笑顔で髪留めを受け取った。

ああ、一日だけでも、いや、数時間だけでも、彼の手の中に私物があると思えば、リアはもう胸がいっぱいだった。

先週、自分へのご褒美だと思って買い物に行って良かった。


「ありがとう、リアさん」

ティモシーのこの笑顔が自分に向けられている。


(この瞬間のために生きている……)

リアは、どういたしましてと小さな声で言うのが精一杯だった。



カフェを出た二人は互いに向き合って別れの挨拶をした。

大切な学校リセのテスト前の時間に呼び出してしまった。


「それでは、本日はお忙しい中、ありがとうございました」

と、リアは心を込めて礼をする。


「いいえ~。またね、リアさん」

ティモがにっこり笑う。

ああ、天使。


任務を完了したリアは油断していた。

目の前の美少年がとんだ策士だということを。


手を振ってから、あっ! と思い出した顔をしたティモが小走りで駆けてくる。

近くに寄るともうリアと同じくらいの身長だ。

少し、大人の男のような気配を感じて、リアは尊さに胸がいっぱいになった。


「どうしましたか?」

「忘れてた」


何か帝国から送って欲しいものがあるのだろうか。

それとも姉への伝言か。


リアの予想はことごとくはずれた。





「ほんとはね、髪をおろしたリアさんを見てみたかっただけ」





はい、返すね。


手に握らされた珊瑚の髪飾りと、ほんの少し触れたティモの手の温もり。






「じゃあね、リアさん。テストの点が良かったら、今度はちゃんとご褒美下さいね?」




ティモが離れてから、リアはその場に立ちすくんでいた。

何が起こったか理解して、赤面する。



「ッ~~~~~!」



手をおさえながらうずくまった帝国最強の間者の様子を、ティモは振りかえって観察した。

とても楽しい誕生日だった、と口角をあげながら。



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