ティモの誕生日
番外:ティモとリアのその後
少年は帝国の美しい町並みが広がるカフェで、静かな一時を楽しんでいた。
彼の名前は、ティモシー。
平民から貴族へと成り上がった彼は、理知的で美しかった。
テーブルには本やノートが広げられていて、勉強に集中しようとしていた。
そんな時、カフェの扉が開いて、待ち合わせの相手が入ってきた。
「こんにちは、ティモ様。お待たせしてしまい申し訳ありません」
帝国の紋章をつけた白いシンプルなブラウスが似合う。
仕事をする女という感じの淡々とした声だ。
彼女は、リアという。
ティモは笑顔で答えた。
「リアさん、こんにちは。勉強していたからすぐだったよ」
ぐっ……と何かをこらえたような声を出したリアは、深呼吸をして席についた。
椅子に座ってすぐ、リアは手紙とプレゼントを取り出した。
「ティモ様。こちらがお姉様からのお渡し物です」
ティモの姉は現在、城で皇太子に仕えている。
公務でしばらく隣国へ行くため、直接渡せないということで、リアが渡す役になったのだった。
何を隠そう、リアはティモのファンだった。
まず、顔が推せる。
あざといところも推せる。
しかし、それだけではなく、ティモの性格や経歴や立ち居振る舞い、言動の全てがことごとくリアのツボを串刺しにしてくるのだった。
だが、職業婦人としてリアは完璧だった。
仕事とプライベートは分けなければならない。
黄色い悲鳴や煩悩丸出しの言動を全てシャットダウンし、リアは全身全霊の理性でもって今日を迎えていた。
(私はメルジーナ様の使者、配達する者、無機物と変わらない有象無象の中の一つ、落ち着きなさいリア。ティモ様の迷惑になってはいけないし、不審がられてはいけない)
ティモは姉からのプレゼントを受け取り、眉をひそめて中身を確認した。
何か植物のようなものが見えた気がしたけれど、ティモはすぐに箱に閉まってしまった。
確かに今日はティモの誕生日だ。
「ありがとうございます。でも誕生日だからって、大げさなことしなくていいのに」
と、ティモは軽く笑って言った。
リアは真剣な表情で言った。
「お気持ちは分かりますが、特別な日ですからね。ティモ様がうまれてきてくださった日ですから」
「ふふ、ありがとー。そう言ってくれると嬉しい」
「この帝国中が祝福していますとも」
実感を込めて発言する。
「ふうん。ねぇ、リアさんは?」
「え?」
「僕の誕生日、お祝いしてくれる?」
「ッもちろんです! ……おめでとうございます」
心を込めて言った。つもりだった。
だが、ティモは頬杖をついて、リアをのぞき込んでくる。
「リアさんは、何かくれないの?」
リアは絶句した。
からかうつもりでいるのかと思ったけれど、彼の目は真剣だ。
まるで海の底を思わせる、魅惑の青。
この子は自分の愛らしさや魅力を知っているのか……?
分かってやっているとしたら、恐ろし過ぎる。
「……申し訳ありません。私ごときがティモ様にお渡しできる物はありません」
「えぇー、なんでも嬉しいんだけどな」
ティモはリアのきっちりと結われている髪に目をやった。
そして指を指した。
「これ、欲しいな」
「え」
リアは驚きが顔に出ないように息を止めた。
「リアさんがつけてる髪留め。珊瑚がついてて綺麗」
リアの心臓の鼓動が戻ってくる。
(くっ……これ、っていうのが……私かと思った……!)
職業婦人のプライドにかけて、帝国のメンツにかけて、平常心を失うわけにいかない。
リアは口を固く引き結び、すぐに髪留めを外した。
珊瑚はそこまで高級ではないものの、ちょっとしたアクセサリー程度には売れる。
「これでよろしいでしょうか。私が使っていたものなので、お祝いになるかは分かりませんが、精一杯の祝福の気持ちを込めてお渡しさせてください」
結っていた髪がほどけてリアの頬に流れ落ちる。
ティモは笑顔で髪留めを受け取った。
ああ、一日だけでも、いや、数時間だけでも、彼の手の中に私物があると思えば、リアはもう胸がいっぱいだった。
先週、自分へのご褒美だと思って買い物に行って良かった。
「ありがとう、リアさん」
ティモシーのこの笑顔が自分に向けられている。
(この瞬間のために生きている……)
リアは、どういたしましてと小さな声で言うのが精一杯だった。
カフェを出た二人は互いに向き合って別れの挨拶をした。
大切な学校のテスト前の時間に呼び出してしまった。
「それでは、本日はお忙しい中、ありがとうございました」
と、リアは心を込めて礼をする。
「いいえ~。またね、リアさん」
ティモがにっこり笑う。
ああ、天使。
任務を完了したリアは油断していた。
目の前の美少年がとんだ策士だということを。
手を振ってから、あっ! と思い出した顔をしたティモが小走りで駆けてくる。
近くに寄るともうリアと同じくらいの身長だ。
少し、大人の男のような気配を感じて、リアは尊さに胸がいっぱいになった。
「どうしましたか?」
「忘れてた」
何か帝国から送って欲しいものがあるのだろうか。
それとも姉への伝言か。
リアの予想はことごとくはずれた。
「ほんとはね、髪をおろしたリアさんを見てみたかっただけ」
はい、返すね。
手に握らされた珊瑚の髪飾りと、ほんの少し触れたティモの手の温もり。
「じゃあね、リアさん。テストの点が良かったら、今度はちゃんとご褒美下さいね?」
ティモが離れてから、リアはその場に立ちすくんでいた。
何が起こったか理解して、赤面する。
「ッ~~~~~!」
手をおさえながらうずくまった帝国最強の間者の様子を、ティモは振りかえって観察した。
とても楽しい誕生日だった、と口角をあげながら。




