ソフィー
ジークフリートが目で合図をすると、従者が盆を運んできた。
ミオナの顔からサッと血の気が引いた。
オスカー2世がのんきに言った。
「それは?……瓶のようですが、何なのです?」
ジークフリートは氷雪に喩えられる目を細めて言った。
「毒です」
ヒッと悲鳴をあげて飛びすさった様子からは、オスカー2世には全く心当たりなどないようだ。
でも、メルジーナは知っていた。あの瓶がどこにあって、どのように使われていたかを。
あの瓶は、海に隠されていたのだ。
といっても海底ではない。城の近くの浅瀬の海岸沿いにある洞穴の中、少し変わった色の岩に挟むようにして保存されていた。
メルジーナはミオナが前王に毒を盛り、瓶を隠していたのを知っていた。
だからこそ、従者にすぐに取りに行かせることができた。
ジークフリートがこんなときでも優美に口を開くのを、メルジーナは彼の斜め後ろで僅かにうつむきながらそっと見ていた。
美麗な人間というのは、いついかなる時でも絵になる。
「これは私の腹心の友が教えてくれたことなのですが--その人はこの領地についてもずいぶんと詳しい人間で--」
と言って、ジークフリートがちらりと視線をよこし、いたずらっぽく微笑みかけたので、メルジーナは卒倒しそうになった。
(うわあ、あぁぁぁ……)
長いまつ毛の艶めく様子を分かってやっているのだろうか。
恥ずかしさで他人を溶かせるのではないかしら、おかしな力があるのではないかしら、と内心でひとりごちる。
知らないところで特殊能力を付与されている皇太子その人は、視線を盆の上に戻して続けた。
「その友人がいろいろなことを教えてくれたのですよ。あなたはこの地にそちらのオスカー2世の婚約者としていらした。
あなたの故郷は硝子細工が盛んだそうですね。この瓶はちょうど帝国では作れないような意匠が施してある」
「だから何なのです」
ミオナの声は淡々としていた。が、その声には明らかな嫌悪と拒絶が含まれていた。
「確かにわたくしの郷里では硝子を加工しております。ですが、毒入りの瓶が見つかり、それが私の故郷の輸出品だからとして、
なぜわたくしのせいになるのです。わたくしが毒を盛ったというのですか?」
「私の暗殺について、あなたが直接手を下したのではない。おそらく、マージに話を持ちかけ、この毒の存在を匂わせただけだろう。
権力や自分の欲望に忠実なマージはあなたの予想通り、魚の毒に行き着いた。ただ、誤算だったのは、マージが暗殺に失敗したことだ。
もしそれがなければ、私たちも分からなかっただろう。無味無臭で、即効性があり、色も無い。まるで魔法だ。発見されても食材の中に
紛れ込んでいれば分からないだろう。しかし、暗殺に慣れたあなたたちの常識と、マージの常識はまるで違った。失言でぼろを出した
マージは捕まって、あなたはおそれたはずだ。同じやり方で成功した、自分の暗殺が明るみに出ることを」
「……今なんとおっしゃいました?」
ミオナの顔にはぎこちないほほえみが貼り付いていた。
ジークフリートが余裕そうに口角を引き上げる。
これは勝ちが決まっている勝負だ。
「あなたのやった、オスカー1世の暗殺ですよ」
オスカー2世の
「え」
という間の抜けた声だけが響いた。
「あなたはこの毒でオスカー1世を毒殺した」
「言いがかりですわ!」
「それを見ていた少女のこともあなたは殺そうとしましたね」
「少女……ソフィーのことか?」
ほぼ空気になっていたオスカー2世がこわごわと口を開いた。
「まさか……嘘だろう? 君はかわいがっていたじゃないか」
「ソフィーは見ていたのです。あなたがオスカー1世を毒殺した現場を。そして毒殺に使ったこの瓶を湖に沈めたのも」
「ありえない」
「口をきけない少女だからとあなたはソフィーを野放しにしておいた。だけど、あの日、船で遊覧に出かけたあなたは知ってしまった。
あなたとあなたのスパイが船上で密談をしているのを、ソフィーが聞いていたのですね。あなたはソフィーの水に毒を盛った。
そしてかわいそうなソフィーは毒殺され、舩から海へと落とされた……」




