感謝祭
目的の『最高に派手で下品な色合いのアイスクリーム』を手に入れた二人は、紫と黄色の入り交じったりんご味の冷菓を口端につけながら、海岸に向かって歩いていた。
潮の香り。頬を撫でる海風。
どれだけ砂が巻き上がっても優雅になびく海藻。
波に揺れながら、糸でくくられているように一定の場所から動かない魚たち。
海の中の景色、匂いや感触。
その全てが恋しかった。
(泳ぎたい)
もうないはずの、メルジーナの鰭がぴくぴくと動く。
そんな気がする。
最初はただ懐かしさにかられて、なんとなく海の水に触れてみただけだった。それなのに、気付けばこの秘密の趣味に魅了されてしまっていた。
何より、人魚のときとは違う人間の身体は面白い。足で水を蹴ってもたいして進みはしないけれど、そのぶん感触は生々しい。
ティモに無理を言って、メルジーナは海に出たのだった。優しくて心配症のお母様にはもちろん秘密だ。
港町と呼ぶほどではないが、小さな入り江がある。
入り江に向かううち、メルジーナはあることに気がついた。
「前来たときよりも人が多くない?」
「ああ……今日から数日間はお祭りみたいだよ。何でも《感謝祭》だそうで」
「かんしゃさい?」
「七の姫様は知らない? 人間ども……人間たちが大地や自然の恵みに感謝する祭りなんだって。歌って飲んで騒いで、が何日も続くらしいよ。ほら、そこにも屋台がたってるでしょう。楽しそうなのは人間ばっかりで、海の中のぼくらにはちっとも縁がなかったけど」
帽子を目深にかぶっているからそうそう素性がばれることはないだろうが、人通りの多い中を歩くのは緊張する。
「これだけ人が多かったら、神様がお忍びで来てても分からないねえ」
ティモは他人事のように言ってクスクス笑った。
よくよく見れば、あちらこちらに市や臨時の出店がたち、カボチャや大きな果実でリースや置物の装飾がしてある。
(た、楽しそう!)
目をキラキラさせはじめたメルジーナの粗末なシャツの裾を、ティモが引っ張った。
「だめですよー。寄り道するんだったら海は行けません。ただでさえ時間がないんですから」
わざと従者の口調で言うティモをメルジーナは恨みがましく見る。
「えー……」
「《お母様》たちにバレてもいいんですか?」
「うう……それはいやだ……分かったわよ……」
メルジーナは後ろ髪を引かれながらも、ティモと並んで早足で市を抜けた。




