思惑とは外れるものです
先代の王を害したのはミオナだった。
もちろん、万が一の場合も考えて慎重に策を練った。
だがあの野獣のような暴虐王は、意外にもあっけなく毒が効いてしまった。
いつになく珍しい高級な寝酒をあおったであろうその夜に、先代の王は突然に亡くなった。
不運な病なのだ、いや、これまで悪逆の限りを尽くしてきたからと人は噂したが、ミオナにだけはちゃんと真実が分かっていた。
先代王は酒のために--正確に言えば、その酒に入っていた微量の毒のために死んだのだ。
それを知っているのはミオナしかいない。
朝に崩御の知らせが来たときには既に、毒入りの酒はすべて瓶ごとスペアの偽物に差し替えてあった。
ミオナにとって都合が良かったのは、このオスカー城が小さな湖に面していたことだった。
その湖というのがまたおあつらえ向きで、面積こそ小さいものの、底が無いかと疑われるほど深いのだった。
都合が悪いものは全て、重りをつけてその中に沈めれば良い。
ミオナはそれまで数々のものを水の中に葬ってきた。
毒、武器、血の付いた衣服、書類、手紙、金品……。
誰が気付くだろう? 王妃が敵国のスパイだなどと。
(一人だけ、いやな目をした女がいたわね……)
ミオナがふとした瞬間に思い出すのは、物が言えない孤児の女児の姿だった。
はっと目を引くような髪の色だけは鮮やかで見事だったけれど、他はまるっきりだった。
(何という名前だったっけ。なんだかぱっとしない田舎くさい子だった)
物を言わないくせに、目だけはいつもらんらんと輝いていた。
動物的な恐ろしさがあって、ミオナは娘が苦手だった。
そんな娘も、ミオナと王子の結婚が決まり、ある時いつの間にかいなくなっていた。王子を慕っていたから、分不相応にも失恋したのかもしれない。
(所詮はマセガキね)
ミオナには崇高な野望があるのだ。
そんな娘一人に構っていられない。
どうせ逃げ出して、孤児院にでも戻ったのだろう。
あの日、ミオナたちの国の潜入者たちが、密かに王子の舩に穴を開け、難破させて殺そうとする企みは失敗した。
荒れた雨の日を選んで、作戦を決行したのにもかかわらず、王子が助かってしまったのだ。
だが、思わぬ副産物ができた。
王子は婚約者の姫に成り代わったミオナが、自分のことを助け出したと思い、命の恩人だと信じ込んだのだった。
それからは簡単だった。
無害な姫として振る舞いつつ、機密情報を流し、時には消さなければいけないものを処理する。
皇太子の訪問であってもかまうものか。
今回もじっと待ってにっこりと微笑んでいればそれで良い。
証拠は無いのだ。
いや、あの毒を入れた瓶や、万が一のときにミオナが自分自身を証明する証のペンダントや、様々な物は湖の奥底に眠っている。だが、それは「無い」と同義だ。
人畜無害な王妃を疑うものなど、誰もいないのだから。
そう、いないはずだった。




