まさかそんなことあるわけないか
「……っは、はははは」
ジークフリートはこらえきれずに笑い出した。
氷の美貌が崩れて、一気に空気が華やぐ。
確かに美しく、海に造形が深いが、メルジーナは病弱だった深窓の令嬢だ。
人魚姫、この世のものとは思えない声で男を狂わせる−−まさかそんな事あるわけがない。
しかし、児戯のような言葉でも、メルジーナと冗談を交わせるような関係になったことが今は嬉しかった。
「そうか、メルジーナ殿は人魚姫だったか」
「そうなのです。正直にお話しますが、私はこれからむかうオスカー2世王……いえ、当時は王子でしたが……と、前世は数年間、共に暮らしておりました」
「ほう?」
「当時は魔女の魔法で口を開くことができなかったのですが、率直に言って、最も気を付けるべきはあの女性です」
「……なるほど」
メルジーナという令嬢。
なかなかに侮れない。
普通、噂話や情報は誰々からこのように聞いたと言ってしまいがちだが、貴族としてはこれはよくない。
情報はあたかも出処などないかのように処理するのが鉄則だ。茶会や晩餐会での情報合戦には暗黙のルールが沢山ある。
このメルジーナは、自分が人魚だとうたうことで、国家機密事項を秘密裏に喋ろうとしている。
どこでどのように仕入れた情報かは不明だが、内容によっては王族が関わってくるだろう。あるいは裏の道の者かもしれない。しかし、誰との繋がりもないという立場をとることで、メルジーナは皇太子の前で自由に発言できるようになる。
ジークフリートは笑みを深めた。
ますます、手に入れたいと思う。
「あの女性とは?」
静かに問うたジークフリートの目を真っ直ぐに見据えて、メルジーナは彼女について語り始めた。




