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人魚姫メルジーナは今世こそ平和に結婚したい  作者: 丹空 舞
第三章

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ジークフリートの旅路

ジークフリートは護衛と少数の供を連れて、オスカー領へ向かった。


その中にはもちろん、メルジーナもいる。彼女の存在は大きい。

エスター大公国では成り行きもあって共に行動をしたが、令嬢であるにも関わらず自由なところがある。

何より、自分にも海について知らないことがあると気付かせてくれる。


海と共に生きてきたのだろうか?


メルジーナはどこか深淵な目付きをすることがある。老婆が浮かべるような諦観めいた眼差しを、少女がするアンバランスさもあるかもしれない。

ただの病弱だった箱入り令嬢とは思えない。


今回の旅路はメルジーナといつも一緒だ。

エルネスティーネから無理を言って引き剥がしてきたかいがあった。


メルジーナは今回、ジークフリートの身の回りのことをする側仕えという名目になっている。

リアも同行しているが、同じ馬車ではない。彼女は諜報も護衛も兼ねているので、実際の細々した世話をメルジーナに頼むという名目だ。


そういうわけで、ジークフリートはどこか心を躍らせながら、少しばかり緊張した面持ちのメルジーナと膝を突き合わせていた。


馬車のガタガタと揺れる音が大きくなる。大地の荒れは、領地の荒れだ。

ジークフリートは顔をしかめた。

オスカー領の良い噂はあまりきかない。

戦争ばかりの暴虐王が亡くなり、息子が跡を継いでそれなりに落ちついていたはずだったが−−。


「メルジーナ。君はどう思う。生まれ変わったら帝国の王になってみたいか?」


「嫌ですね」


即答だった。

言外に(何があってもお断りします)という強い意志を感じる。


ジークフリートは、微笑んだ。


「だろうな。この立場で有り難いのは、住む家があることと、服が清潔なことと、食事に困らないことだ。その代償に、帝国の長は人間の心を捨てなければならない。時々それがひどく虚しくなるときがあるよ」


「……はい」


メルジーナは暫く黙っていたが、ジークフリートがふと顔をあげたとき、おもむろに口を開いた。

視線が合う。

ジークフリートはハッと息を呑んだ。

その瞳はとても儚げだった。


「人間の心はおかしなものですね。人間は他人を簡単に裏切り、平気で嘘をつく。力のないものをいたぶって笑い、自分の立場を良いものにしようとする」


悲痛な叫びだった。

しかし、メルジーナは歌うようにポツリポツリと声を出した。哀しい響きの美しい詩のようで、ジークフリートは引き込まれるようにメルジーナの話を聞いていた。


「相手を食べる必要もないのに、なぜ人間は人間を攻撃するのか、私には理解できませんでした。だけど、今は分かります。一言で人間と言っても、いろんな人間がいるのだと」


「海の中で、魚たちは互いをいじめません。ですが、小さな囲いに入れて、閉じ込めると、小さな個体をいじめるようになるのです。狭い世界に飽きてしまうのかもしれません」


「誰かを害する人間は、きっと狭い世界にいるのです。そして、気付くことがない」


「私はまた人間になって、思ったのです。自分を害そうとする者と、必ずしも同じ世界に生きなくてもいいのだと。もし、辛くなったり酷くされそうになったら、広い世界に飛び込んでよかったのだと」



「その言い方だと、きみが人間じゃないものだったみたいだ」

と、ジークフリートは言った。


実際、この子は浮世離れしている。

いや。まさか、でも、本当にーー?




メルジーナはパチとまばたきをして、言った。



「実は、前世は人魚姫だったのです」



と。

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