ミオナの思惑
夜着に身を包んだミオナは満足げにため息をついた。それは今日の晩餐が素晴らしかったという理由ではない。夫が今日も自分の思い通りに動いたからだ。 ミオナにはもう、夫、オスカー2世にどう働きかければ、彼を動かせるか完全に理解できている。
王は気分が優れないといってすでに部屋に戻っている。
明日、ジークフリートが来るのが恐ろしくなったのだろう。
度胸も芯も無いぼんくらだ。
ミオナの最も嫌いな種類の男である。
帝国の皇太子といっても所詮ただの人間だ。証拠のないものをどうしようもできない。
エスター大公国の俗物に暗殺を持ちかけられたとき、うまくいけば良し、万が一うまくいかなければ国との繋がりごと断ち切るつもりだった。
堂々としていれば良いのだ。
使用人を数人残し、食卓に一人残ったミオナはゆっくりとグラスを傾ける。血のように赤い液体が美しい、と思う。
舶来ものの硝子のグラスにはいくつもの小さな宝石がはまっていて、食卓のキャンドルの灯りを反映してきらきらと輝く。
これ一つで使用人が1年かかっても稼げないほどの額がする。
そこに、同じく、町人が数年かかっても稼げないだろう額のするワインを入れて飲むのだ。好きなだけ。
船に乗り込んで嫁いでくる予定だった、本物のミオナ姫には気の毒だが、彼女に成り代わるのは胸がすくような思いだった。
スキラータ国の姫とリシリブールの王族の縁談が舞い込んだ時から、この計画は進んでいた。
ミオナはスキラータ国の反帝国派の娘だった。海での戦闘も経験していたし、スパイとして潜り込む術には長けていたが、そんなことを考える前にあのぼんくら王子はミオナを命の恩人だと信じこんでいた。
計画は順調に進んでいた。
帝国のオスカー領を手中に収めるのももうすぐだ。
父王のオスカー1世はあっけなく毒殺できた。妃は既に身罷って(亡くなって)いたので話が早い。
残るは一人息子のオスカー2世だ。
しかし、まだ彼にはやってもらうことがある。ミオナとの子を残すのだ。
いや、遺すというべきか。
子さえ産まれれば用は済む。
妊娠したという事実さえあれば、あとはどうにでもなる。
国母となれば長期的にオスカー領を牛耳ることができる。そしてここ、オスカー領を皮切りにリシリブール帝国は崩壊に向かうのだ。
帝国と冷戦状態にあったスキラータ国はオスカー領にミオナが嫁いだことで友好関係が築かれた。
しかし、それが偽物だとしれたら?
リシリブール帝国としては糾弾せざるをえない。戦乱の種さえまけば、あとは簡単なことだ。
事前にオスカー領に引き込んでいたスキラータの反帝国主義者の軍勢で奇襲をかければ良い。
いや、それまでにもっと時間をかけて、オスカー領だけでなく反帝国の勢力を増やすべきだろうか。エスター大公国とのパイプが切れるのは痛いが、同じように利害で動く為政者はどこにでもいる。
帝国を滅ぼし掻き乱す己の任務を思ってミオナはナプキンで優雅に唇を拭った。
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