彼と彼女の過去
ジークフリート皇太子が到着するとあって、城は準備にてんやわんやだった。
オスカー2世はこんなに騒々しいのは何年ぶりだろうかと思いを馳せる。
そうだ、父上が崩御したときもこうだった--。
暴虐王と呼ばれる父は我が子にはほとんど関心がなかった。
使用人よりも顔を合わせる時間が少なかったので、悲しみよりも先にこみ上げてきたのは、重圧だった。
王として即位することが決まっていた自分に寄り添ってくれたのは、いつもミオナ姫だった。
海難事故で命を落としかけた自分を救ってくれたのがミオナ姫だった。
「大丈夫ですか?」
とのぞきこんできた緑色の瞳。
はらはらと涙をこぼした姿が可憐で、胸がいっぱいになった。
後から、それが縁談の相手だったと知って、運命だと思った。
そして隣国との縁談はとんとん拍子に進んで、オスカー2世の妃としてミオナは当然のように傍にいる。
彼女が来てしばらくして父が崩御し、思っていたよりも早く即位したのは驚いた。
父王は体の強いことにかけては誰よりも秀でていた。
だが、臓器が弱ったとかであっけなく亡くなったのだ。
理由は不明だが、ミオナは「運命には逆らえません」と自分をなぐさめてくれた。
そう、ミオナは妃として申し分ない働きをしている。
近ごろ体調不良の続く自分に代わって、政にさえ携わるようになった。
こんなに有能なミオナと婚姻できた自分は幸せだ。
有能なだけではなく、彼女はとても優しいのだ。
あれは自分が海で溺れかけた頃だったか。
城に迷い込んできた少女がいた。
薄汚れていたが、赤い髪と赤い目が印象的な子だった。
あの子は物を喋らなかったが、いつも自分の後ろをついて歩いてきた。
浮浪者の子供なのかもしれなかったが、ミオナはあの子にも別け隔てなく接していた。
どこを走り回ったのか、傷だらけになったり、痣を作って戻ってくる少女の手当てをしていたのもミオナだ。
いつか嫁入りするときに恥ずかしくないようにと、走れないようヒールの高い靴を少女に履かせたり、遊んですぐ服をだめにする少女のために破れてもいいような古着を準備したり、甲斐甲斐しく世話をしていた。
そして、海上パーティーであの少女がいなくなったときにも嘆き悲しんでいた。きっと誤って海に転落したのかもしれない。まったくミオナほど心優しい女人はいない。




