最後の船出です
メルジーナは塩辛い風を顔に受けながら、船の甲板で遠くに飛び回る海鳥を見ていた。
あれからマージ大臣は幽閉されている。あれだけいた取り巻きも、我関せずといった調子で離れていったらしい。この先処刑されるのか、追放されるのか、どうなるかはメルジーナは知らない。
何が幸いするかは分からないもので、イーマンとサラクはあれがきっかけで、なぜか結束が強くなっていた。民を思う気持ちは派閥が違えども同じなのかもしれない。
そして、ジークフリートとメルジーナはといえばーー。
「またこんなところにいたのか」
と、噂の冷徹さはどこへやら、慈しみに満ちた微笑を浮かべた。
メルジーナはなんともいえない気持ちで会釈をする。
今世こそ王族には関わらないようにしようとあのとき抱いた決意は何だったのだろうか。
王を通り越して帝国の次期長なんて相手が悪すぎる。
帰国の途につくこの船にメルジーナが乗ることになったのにはいくつか理由がある。
何より大きな理由は、あの次期帝王、ジークフリートに指名されたからだ。
いったいどう思っているのか分からないが、メルジーナを重宝できると彼は判断したらしい。
そしてさらに、今回の帰国には、メルジーナが犯人を見つけ出したという功績をたたえて、褒章を与えるという名目もあるらしい。
だが、メルジーナの心にこびり付いていたのは、別の理由だった。
捕われたマージが白状した。
『私だけでやったのではない』
『互いに利益があっただけだ』
マージの口から出た関与の疑われる人物は、帝国の人間だった。メルジーナはジークフリートと共に、その者の関与を確定させ、捕らえにいかなければならない。
心配そうなエルネスティーネも、事件の黒幕を暴くために必要だとジークフリートに説き伏せられて、泣く泣くメルジーナの帰国を認めた。
ジークフリートの暗殺事件に関与していたのは、まさかの人物だった。
メルジーナは波打つ海の深い蒼を眺めた。そうだ、あの日もこんな色だった。失意のどん底で、誰かを殺める代わりに自身を殺した日だ。
「また会うことになるなんて、思いもしなかった……」
関与が疑われている名前は、オスカー2世。
封印していた黒歴史の書物の紐が解ける音がする。
それは、メルジーナの苦すぎる初恋の相手だった。




