政治家は失言で身を滅ぼします
メルジーナは頬の空気を抜いた。
じっとマージを見据える。
「あなたは3つ、おかしなことをおっしゃいましたよ」
マージの高笑いが止んだ。
「1つ。《あなたはふぐという魚を見たことも聞いたこともない》、と言った。ではなぜ、見たことも聞いたこともない「ふぐ」が《魚》だとすぐにわかったのです?」
マージは黙っている。
「あなたは他にも貝を持ち込んでいた。得体のしれない《ふぐ》がいったい何なのか、きっとこの場にいる方々のほとんどが知らなかったはずなのに、あなたは『ふぐという魚』と言われましたね。最初に私が、あの毒、と言ったときも、間髪入れずに《魚の毒》と」
メルジーナがここまで話したとき、
「言いがかりだ! 偶然だ!」
とマージが叫んだ。
メルジーナは続ける。
「2つ。あなたは魚が煮ているうちに溶けてしまったのだろうとおっしゃった」
「それが何だ」
マージは苛立ちを隠していなかった。
「問題はその後です。《小さな鍋なら然り》と貴方は言った。あの日は多くの人間が集う大規模なパーティだった。だからスープも勿論大鍋で作られていた。あなたはなぜ、あの小鍋がジークフリート様に供される物だと知っていたのですか?」
「思えばあなたの持ち込み品には、貝はあれども海老は入っていませんでした。あなたはジークフリート様が海老が苦手であり、別のものを小鍋に準備させているという経緯を知っていた。だからあの、厨房の小鍋のことが大鍋よりも先に頭によぎった」
「小娘。大人を馬鹿にするのもそこまでた」
マージが地を這うような声で言った。
他人の恫喝ほど、気にしないほうが良い雑音はないと、中身遣り手婆・見た目は小娘のメルジーナは知っていた。
そこで、小娘らしくニッコリと、可愛らしく微笑んで続きを始める。
「3つ。私は《ふぐ》を特徴のない魚と言いましたが、あれは嘘です。本当の《ふぐ》は余りにも特徴的です。身の危険を感じたこの魚は、球のようにふくれて身を守るのです。さすがにこんなものが丸々一匹自分の椀に入っていたら、毒見係も食べることなく異変に気付くでしょう。また、後から調べてもすぐに分かるでしょう。だから、あなたはおかしくて堪らなかった。見当違いなことを言う私が」
マージは茹で蛸のように赤くなっていた。
「黙れ!」
「いいえ、黙りません!」
メルジーナはマージよりも大きな声をあげた。野生動物の対処と同じだ。威嚇にはより大きい威嚇を返せば相手を黙らせることができる。
マージはグッとおしだまった。
「表情もよい塩梅なところ大変、大変残念ではあるのだ、と、マージ大臣、あなたは頬を膨らませた私に、そうおっしゃいました。もうお分かりですよね」
ここまでくれば、聴衆にも理解が及んだ。全員が、自身の考えと、目の前の金糸の令嬢が持つ答えを、ただちに照らし合わせることを望んでいた。
「そうです。あなたは知っていたのです。《ふぐ》がどんな特徴を持ち、どんな形になるのか。だから私が一言も《ふぐ》についてのご説明をしていないのに、あんなことを仰ったのです。どうでしょうか。何か違いますか」
マージの顔は土気色になっていた。




