イーマンの主張
「ジークフリート殿は我が大公国の民衆を見たことがないかもしれません。彼ら下々の者は、いつも飢えています。我々が肉を食み、パンをかじるときも、魚に飽き、ケーキを選ぶときも、彼らは草の根を分け合ってスープに入れているのです」
イーマンの言葉には静かな説得力があった。
「あるとき庭師の少年が空腹に耐えかねて、この『毒リンゴ』をかじりました。それほどまでに、彼は飢えていた。血のように色の美しいこの実を食べて死ぬなら本望と思ったのか、それともいっそ死んでしまってもいいというやけっぱちな考えだったのか……とにかく彼は食べた。そしてそれが酸っぱいが、決して食べられないわけではないこと。煮込めば芳醇な香りのする食材となりうることを発見した」
イーマンは朗々と語った。
革命家として頬を上気させながらも、イーマンはジークフリートに正対していた。
「だから、私はこの実を持ち込んだのです。下々の者に興味もない、腐敗した為政者に気付かせるために」
先程まで元気だった大臣連中はいっせいに下を向いた。
「この品種改良したとめぃとは私と民の有志者がつい先日実らせたものだ。これまでの研究の最高傑作と言っても良い。甘く美しく、環境の変化にも負けない。太公妃にちなんで、名を『エルネスティーネ』とつけたいのだが、良いだろうか? ……と、私は貴男に尋ねるつもりだったのです」
しかし、とイーマンは言った。
「卑劣な輩のために、その計画は白紙になってしまった。私達の無実を証明するために、私がこの場で厨房に残された実を食べても良い。さあ、ここへ持て」
ジークフリートが気まずそうに口を開く。
「……イーマン大臣。貴殿の御心はよく分かった。しかし、厨房に残された実はもう無いのだ」
と、言われてイーマンは片眉をあげた。
「あんなことがあった後です。処分されたとしても致し方ありません」
「いや、処分したわけではないのだが……ある者が一つ残らず食べてしまったのだ」
ある者、と言ったときに、ジークフリートの宝石のような瞳がしっかり自分に向けられたのをメルジーナは肌で感じた。
(でも、仕方ないじゃない!)
美味しかったのだ……
途中で止められなくなるほどには、そう、あの「毒リンゴ」もとい「とめぃと」というのは、イーマンの言うように最高傑作だった。
(いつか必ず持ち帰って、温室に入れよう)
とメルジーナは密かに誓った。




