これではありません
ジークフリートの頭の中は
???
でいっぱいになった。
(なぜそんなものを食べているのか?)
とも思ったし、
(そんなものを食べて大丈夫なのか?)
とも思った。
(そんな得体のしれないものをなぜ食べているのか?)
とも、
(明らかに怪しい名前だが、普通の令嬢なら拒否するものではないか?)
とも思った。
また、あるいは、
(それが毒殺事件に関係があるのか?)
だとか、
(いや、見るからに怪しいそんなもので、毒殺を謀るだろうか?)
などの、比較的理性的でまっとうな疑念も抱いた。
それらすべてをひっくるめて、ジークフリートは無言だったのだ。
決して、口周りを汚しながらもキリッとしたメルジーナが幼子のようで愛らしいからではない。
断じてない。
そして、メルジーナは得意げに言った。
「私は『調査』をしたのです、殿下。その結果、この『毒リンゴ』ですが、こんな名前ですが毒はないのです。いわば、あだ名のようなもので……本当の名前は」
一呼吸置いて、メルジーナは言った。
「『とめぃと』と、言うのです」
「赤くて見るからに怪しいのだが……猛毒ではないのか?」
「……私は数年前、この実を食べて中毒を起こした人間を見たことがあります」
ジークフリートの顔色が変わった。
なんだこの自殺志願者は。
どうにかしなければ、と身を乗り出そうとしたが、メルジーナは落ち着き払って話し出した。
「と、いっても、それはこの『とめぃと』が酸をもっているからなのです。その男はこの実を食べるときに、錫と鉛を合わせた美しい皿を使っていました。だから酸で溶け出した鉛を一緒に食べてしまい、中毒を起こしたのです」
それは、かつてメルジーナが『空気の精』として世の中のカップルをくっつけまくっていた、あの時代の話である。
そこそこの身分があるのをたてに、女をとっかえひっかえしていた、いけすかない貴族だった。
男にだまされた生娘や、半ば脅されて関係を持ってしまった女、乱暴に扱われた娼婦たちが傷つき泣く姿を見て、
(きっとこんな男には罰があたるわ)
と、引き気味に傍観していたメルジーナだったが、事実、男は鉛中毒を起こして亡くなった。
伝統的な銀の食器や、質素な木の椀ならば死ななかったのに、というのがなんとも皮肉である。
あまり普段は見ることのない珍しい食材だが、メルジーナは厨房で驚いた。
「大公国の『とめぃと』は甘いんだよ」
と、厨房にいた若い見習いコックは言ったのだった。
「イーマン大臣が農夫たちを集めて品種改良なさったんだ。好物らしいよ」
そして、おそるおそる食べたメルジーナは--
『とめぃと』のとりこになった。
酸っぱいのだが、甘い。そしてほのかに残る野生的な香り。
聞けば品種改良をした結果、生で食べられるほど甘くなったらしい。
かくして『毒リンゴ』の汚名は晴れた。
「明らかに怪しい名前だと思ったが……というか、俺はそんなものを出されていたのか……?」
おそらく、毒味役も普通の赤い色をした具沢山のスープだったので、漁師町でよく出てくる漁師風のスープなのかと思っただろう。
「殿下の命を狙った『毒』は、これではありません」
メルジーナは確信をもって言った。




