残念な美少女
「……ここで何をしている?」
ポーカーフェイスの崩れない男、ジークフリート・クラッセンも、さすがにこれにはあからさまに驚いた。
中途半端であった晩餐会も終わり、夜半である。
誰もいないはずの厨房に実況見分として様子をあらために来たわけだが--。
「んっ!?」
それは薄暗い厨房の隅で、口の周りを赤く染めながら振り返った……
ランプの光が周囲を照らす。
それは人食い鬼--ではなく、残念な美少女その人だった。
ジークフリートはろうそくに火をともしながら、、
「化け物かと思ったぞ……」
と、深呼吸をした。
「何をしているんだ?」
とあらためて問えば、
「ええと……あの……すみません……そのぉ」
と、煮え切らない返事だ。
しかしメルジーナはそのうちに、決心した表情でこう言った。
「ジークフリート様のお命が狙われたので、私調べに来たのです」
「女の身でか」
ジークフリーとが思わずそう言ったのは、女性を軽んじたわけではなかった。
むしろ、驚嘆といって良い思いから来た台詞だった。
ネズミを見て卒倒し、騎士の流血を見て卒倒するようなご婦人が皇宮にはわんさか居るのだ。
しかし、メルジーナは長い睫毛に覆われたまなじりをきりりとさせて、
「お言葉ですが、殿下」
と続けた。
「女の身だとて、陸の者。そして人間は、男も女の身から産まれるのでしょう? 命に対して必死になるのに男も女もありはしませんわ」
ジークフリートは押し黙った。
これといって良い反論も思いつかなかったし、ろうそくの光に照らされた目の前のメルジーナがやけに美しく見えたからという理由もあった。
きりっとした表情のメルジーナは美しかった。
さて、よくあることだが、本人には気がつかないところで『補正』という現象が起こることがある。
メルジーナは確かに美少女だったけれど、可愛らしい鼻梁の下は赤やら黄やらの汁と緑色のでろでろで思い切り濡れていた。
ふと我に返ったジークフリートは口を開いた。
「ところで、その、あー……君の--」
「メルジーナです」
「メルジーナ殿、の、口の周りが、汚れているように見えるのだが……そのあたりのことも含んで、ここで何かを食んでいる、その経緯を教えてもらいたいのだが」
「あっ、そうですよね。すみません。えっと、おひとつ……?」
「いや、結構だ」
ずずいっと差し出される赤い謎の実をジークフリートは秒で拒否した。
「いえ、ご遠慮なさらず……」
遠慮ではない! と叫びかけたが、ジークフリートは鋼の意思で微笑むにとどめた。
残念そうに謎の実を引っ込めたメルジーナは、愛し子のようになでなでと実を触っている。
「それは何なのだ?」
との、ジークフリートのもっともな質問に、メルジーナは答えた。
「『毒リンゴ』です」




