男装の少年二人
「そりゃあ、誰かと結婚したら……こういうことは辞めるわよ」
メルジーナはお茶を濁した。
もちろん目標は素朴で幸せな結婚生活なのだ。
が、実際に人間の体で、恋愛もろくにしていないメルジーナには実感もない。
メルジーナの豊かな金髪は紐で束ねられて、粗雑なつくりの帽子の中に隠されている。シャツとズボンもお世辞にも上質とはいえないものだ。しかし、それはまさに町の庶民の少年の格好そっくりだった。少し大きめな服は、メルジーナの華奢な体躯を隠していた。
だけど神秘的な青紫の瞳だけは、どんなに粗末な身なりをしていても美しかった。この国では珍しい特徴を目立たせないように、メルジーナは目深に帽子をかぶる。
メルジーナはその透き通った瞳で、森の入り口の木漏れ日を眩しそうに見つめながら、少し考え込むようにして口を開いた。
「ティモ、正直に言うわね。私は人間の男のことがよくわからないの。これまで見たことがあるのは父親だけ。っていっても人魚だったし。それに、妖精になって遠くから見守るのと、当事者になるのは全然違うわ。ね、男の人って私とどう違うのかしら」
「うーん? 生殖器とか?」
ティモがズボンを下ろそうとしたので、メルジーナは慌てて止めた。
「違う違う! それは分かるの! 知識としては本で見たからいいのよ。そうじゃなくて、この世界の男の人たちは、いったいどうやって生きているのか、どんなことを思って、どんなふうに人を愛するか知りたいの」
ティモは驚いたようにメルジーナを見た。
「メルジーナは人間に愛されたいの?」
メルジーナは少し考えて答えた。
「そりゃあ、そうよ。だって、私はもう人間なんだから」
ティモは少しさみしそうにメルジーナを見た。
「お姉ちゃんがお嫁入りする時ってこんな気持ちなのかなあ……」
「うふふ、お嫁にいっても私はずっとティモのお姉ちゃんよ」
「まあ相手を見つけるとこからだけどね、メルジーナは」
と言うティモの切り替えは速かった。
メルジーナは上着の裾を引っ張って皺を伸ばした。
「ね、男の人の体ってどうしてこんなに違うの? 父様は力強くて大きかったけど、ティモはもっと細くて柔らかい感じがするわ」
ティモは頷いて答えた。
「そうだね、体は人それぞれ違うんだ。メルジーナのお父さんは筋肉が発達していたし、腕一つで大きなイカを殺せたよね」
「ああ……」
あのときのイカの刺身は確かに美味しかった。
「僕はまだ若いし、この体で力仕事もあまりしてきていないからね。でも、体つきだけが全てじゃないよ。細身でも力が強い男もたくさんいるし。ね、だから気を付けなよ」
とティモは言った。
「どうして?」
「メルジーナの華奢な体なんかさ、大人の男にかかったら牡蠣の殻を開けるより簡単だってこと」
「私、牡蠣を開けるの得意よ」
「そういうことじゃないんだよなあ……まあいいや。ほら、そこ、地面が濡れてるよ。気を付けて」
メルジーナはティモに手を引いてもらいながら、森の道を歩いた。
「ねぇ、ティモ」
「まだ何かあるの? ちょっとは静かに歩いたらどう」
「ごめんね。でも、気になって……男性と女性の違いって他にもあるのかしら? 妖精の時は、体の違いとか、働き方の違いくらいしか気付かなかったわ。ねえ、どう思う?」
ティモは笑顔で答えた。
「確かに体の違いはあるけど、共通点もたくさんあるんじゃないかな。例えば、友達や家族を大切に思う気持ちとか、……夢を追いかける情熱とか、それに誰かを愛する心。そういう部分は男性も女性も変わらないよ」
「ティモも誰かを愛するときがくるかもね」
「どうかな。すっごく美人なお姉さんだったら、愛しちゃうかもなあ」
なんだかんだ年上好きのシャチだ。
メルジーナは鼻を鳴らした。
「さあ、もう行くわよ」
森の小道に分け入ると、ひんやりとした空気がメルジーナとティモを待ち構えていた。