大公自室
腰掛けていた大公は立ち上がった。ジークフリートは久しぶりに見たその線の細い横顔を見据えた。
「ジークフリート殿。こんな言葉では済まされないことだが、申し訳なかった」
エスター大公、ディードリヒ・シュトラウプは深々と頭を垂れた。
「下手人については調査をして、適切な対処をさせてもらう。こちらで処刑してもいいが、貴殿が望むならば、リシリブール帝国に送還しよう」
りんとしたたずまいの幼帝は慇懃に頭を垂れた。
ジークフリートは目の前の大公にやめてくれ、というように手を振ってみせた。
「他人行儀はやめろ、ディードリヒ。その慇懃無礼な話し方もだ。おれはこの通り無事だし、お前を信頼する気持ちも変わりない。ただ、……荒れてはいるようだな」
主語がなかったが、大公には何を指しているのかすぐに分かった。
ディードリヒはため息を吐いて認めた。
「……大荒れさ。僕が立大公したことで保守派と急進派の間が穏やかじゃなくてね」
くだけた調子の話し方は、旧友に再会でもしたかのようだ。見た目の年齢にそぐわない話し方だったが、やけに自然だった。
ジークフリートもそこには特に言及せず、神妙に頷いている。ディードリヒによると、何年か前から大公家の暗殺やら国家転覆を図るやら、黒幕の判然としない不穏な動きがあるらしかった。
「調査させたところ怪しいのは3人だった。みんな大物だ。つまり……」
言いかけたディードリヒをジークフリートが手で押しとどめた。
「マージ、サラク、イーマンの3人だな」
ディードリヒは神妙に頷く。
「非公式とはいえ、晩餐会の詳細まで知っていたのはあの3人だ。あの場でジークフリートに何かあれば、リシリブール帝国との関係は最悪になり、その責任をとるのは僕って筋書きだね。マージとサラクは保守派だから、もともと僕の派閥とは敵対するところがある。革新派のイーマンは僕寄りではあるけれど、奴らの仲間は最近ちょっとやり方が強引だ。この間も過激派のグループを取り締まったから恨みは持たれているかもしれない」
「動機は皆あるってことだな」
ジークフリートは気付けにも使われる強い酒をグラスに注ぎ、テーブルの上のもう一つのグラスにも注いだ。
ディードリヒは指先で、季節はずれの氷のように細いグラスの足をつまみ上げて、手慣れたように口元へ運んだ。




