飛び込まないと分からないものです
書類上は非公式な外遊とはいえ、帝国の重鎮たちを迎えるとなったエスター大公国の家臣たちは、自分たちにできうる最大級のもてなしをしようとやっきになっていた。
エルネスティーネとメルジーナが足を踏み入れたのは、豪奢な
造りの部屋だった。プライベートなことではなく、国家間の調印や会合に使われるような大きな部屋である。
「失礼いたします」
優雅なカーテシーで膝をおり、たおやかな仕草で挨拶をするエルネスティーネ。
その後ろで、メルジーナは頭を垂れた。皇女様のお相手が、トドではなく、せめてアザラシくらいですようにーー。
「どうぞ、楽にしてください」
丁寧で、伸びやかではあるが、少しばかり高いトーンの声だった。
優しげだが、有無を言わさない威圧感と落ち着きがある。
瞬間、ちらりと顔をあげたメルジーナはあっと声をあげそうになった。アザラシはアザラシでも、ゴマフアザラシの赤ちゃんのような……
(か、かわいいっ!)
心なしか大きく見える玉座に大公は腰掛けていた。ムースのケーキのように細やかな肌をしている。身長はあるがほっそりしていて、美青年といったところだがどこかあどけない。
ティモとは毛色が違う。ティモは天使のような見目ではあるが、いたずら好きで小悪魔めいたところのある少年だった。
しかし、こちらは生来の育ちの良さが染み付いた美少年がそのまま大きくなったような雰囲気だ。全体的に色素が薄く、儚ささえ感じさせる。長いまつげと光を受けて深い赤にも黄にも見える。
廊下のでっぷりした歴々の肖像画が夢だったのかと思えるほどに、エスター大公はほっそりとしていた。いったい何歳くらいなのだろう?
すごいのはエルネスティーネだった。思ったことはたくさんあったのだろうが、全てを飲み込んでこらえてみせた。
「お初にお目にかかります。エルネスティーネです」
「遠路はるばるありがとうございました」
可憐なエスター大公はエルネスティーネに歩み寄り、にこりと笑いかけた。
といっても、家臣は皆顔を伏せていたので、その表情を見たのはエルネスティーネだけだった。
おかげで、春の海に沈む夕日のようにパァッと染まった皇女の頬も、誰にも見られることはなかった。




