急転直下です
半年後ーー。
「メルジーナ? メルジーナ、ちょっときて頂戴」
エルネスティーネ皇女の私室に声が響く。
「はいっ」
と、メルジーナが参上するのも変化なしだ。
しかし、皇女の声のはらんでいた毒や棘は抜け落ち、そこはかとないあたたかみが滲んでいた。
そして、決定的に変化したことといえば、皇女の容姿だった。以前はお世辞にも健康的とはいえない体格だったが、現在はというとーー。
「ねえ、メルジーナ。アンドリュー夫人とのお茶会のドレスは白と黄とどちらがいいかしら。桃色は以前にも使ったから、別のがいいと思うのだけど」
小首を傾げて問うのは、灰色がちな巻き毛と垂れ目が印象的な美少女だ。すっとひきしぼったクリームのようなおとがい。肥え太っていたときのままなのは胸だけで、他の脂肪は全て食事と運動によって消え去っていた。皇后陛下の娘時代にうりふたつの整った容貌は、何よりも皇女である説得力に溢れている。
「どちらもすてきだと思いますよ」
と、メルジーナは目を細めて言った。
「まあ。わたくし、メルジーナの考えを知りたいのよ」
どこか責めるように言って、エルネスティーネは皇后譲りの大きな瞳でじっと見つめてくる。
エルネスティーネ皇女は何を思ってか、あの池の事件以来、猛烈な勢いで体重制限に邁進しだした。
皇居をぐるぐると走りながら、隣に立つのにふさわしくなるのよっ……と言っていたので、誰かに恋でもしたのかもしれない。
メルジーナといえば、特にとりたてて変化はない。
しいていえば、紅茶はずいぶん特訓をしたかいあってそこそこ上手に淹れられるようになった。仕事ぶりがましになったからか、まわりのメイドたちに歓迎されるようになった気がする。毎日給仕をしているからか、奇跡的にも皇后様に名前を覚えてもらえた。
ようやくドレスの色を薄い黄色に決めたエルネスティーネが、衣装担当の使用人の女の子へといくつか指示をする。
その担当の少女は耳と頬を紅潮させながら、手帳になにやら熱心に書き留めている。皇族の役にたとうと働く忠実な子だ。
矢継ぎ早に指示をしているようだが、エルネスティーネは少女が書き終わるタイミングまで言葉をまってしゃべっている。
メルジーナは皇女のそんな様子がうれしかった。
(この調子なら、きっと大丈夫)
使用人の墓場、わがまま姫と不名誉な称号ばかり得ていたエルネスティーネの評判も少しずつ改善されている。
何より、世界にたいして意地を張っていたような姫のこわばりがあの一件以来和らいだようで、今までかたくなに参加しなかった公の行事や式典、非公式の有力者とのサロンや交流会に少しずつ足が向くようになったのだ。
容姿を磨くだけでなく、皇女としての知見を広げようとひそかに努力するエルネスティーネは確かに変わった。
そして、そんな彼女の変化よりも大きな変化、いや、変革が、この皇宮に起ころうとしていた。
晩餐の後。
食事の間には珍しく皇帝、皇后、皇太子のジークフリート、エーデルナッハ、皇女エルネスティーネと全員が勢ぞろいしていた。
メルジーナも側付きの使用人のためのいすに腰掛け控えながら、その様子を眺めていた。
他にはそれぞれの皇族の、メルジーナのような専属使用人たち。
そして皿をさげる二名の給仕。
食事も終わり、あとは食後のティーを楽しむゆったりとした時間が流れていた。
皇帝陛下が立派なあごひげをひと撫でした。
「時に、エルネスティーネや。そなたに言わなければならぬことがある」
威厳のある声音にその場の全員が顔をあげた。
忠実な給仕たちはすぐに部屋を出て行った。
メルジーナも立ち上がって退室しようとしたが、陛下が片手をあげて止めた。
「よい。側付きたちには一緒にきいていてもらったほうがよいだろう。実は、以前から交流のあったエスター大公国と公約が結べそうだ。そのためにエルネスティーネ。そなたに大公国へ嫁いでもらいたい」
メルジーナは思わず声が出そうだった。
(と、嫁ぐって! 姫様はまだ、十六歳じゃあ……)
「承知いたしました」
エルネスティーネ皇女は淡々と即答した。
明日は雨が降りますといわれた程度の反応で、白い頬のどこにも何の感情も読みとれない。
(えーっ!?)
メルジーナは驚きで息が止まりそうになった。
あの、エルネスティーネ様が……。




