やりたいこと
「姫様のやりたいことって?」
「もちろん! 男性と出逢って恋におちて、その人と結婚することよ。……そして、マリーから話をきく限り、病弱だったメルジーナ嬢もそう願っていたらしいわ。少女小説が好きで、すてきな人と恋愛するのを夢見ていたって」
転生してから、高熱を出していた体が治癒して自室に戻り、本棚で見た膨大な書物には驚いた。
「ふぅん。それなら姫様の魂が引き寄せられたのも分かるかも」
「そうなのよ。なんとなくだけど、メルジーナ嬢が私の魂を呼んでくれたような気がするのよね。まあ、話したことはないから今となっては確かめようがないんだけど」
元・メルジーナの魂は寿命で消えてしまったはずだけれど、不思議と断片的に彼女の記憶が残っている気がするときがある。
もちろん肉体は彼女のものなのだから当然だが、身体が懐かしさにじんと痺れるときがある。
これが転生するということなのだろうとメルジーナは自分なりに理解をした。
メルジーナとティモは屋敷から続く長い一本道を並んで歩いた。まわりは木々が生い茂っており、昼間でも薄暗い。二人が歩くこの広大な森は湖も川もあるが全てリーメンシュナイダー家の領地だ。そのため一応は気楽に《散策》ができる。森の外に出ればそこは市街地で、民衆が生活する地域になっている。
今回の別荘への逗留は、市街地に出なければ散策をしてもいいということになっている。メルジーナがカタリーナを説得し、心配性のマリーをティモが勇気づけてようやく叶った。メイド頭のマリーは、紆余曲折あって執事兼小間使い兼護衛として屋敷で働くことになったティモを孫のように可愛がっているから、頼みごとをされると弱い。
メルジーナは森の中を市街地へ抜ける一本道を歩き続け、ある一本のもみの木の前で止まった。
よく見ると、木の根元には白いリボンが巻き付いている。
「さて、と。お昼の時間までには戻らないとね」
メルジーナは木に近付き、道を外れて木々の間に分け入った。しばらくゴソゴソと衣擦れの音がしたかと思うと、少しして帽子をかぶった少年が出てきた。
見張りをしていたティモが振り返る。呆れているが、どこか楽しげだ。
「姫様、いつまでこんなことやるつもり? もしばれたら、僕のクビだけじゃ済まないよ」