感謝の心が大切です
結局、その辺りにいる雑役女中のメイドたちに声をかけ、物のありかを訊くついでに手伝ってもらってなんとか形になったものの。
(うーん……これでいいのかしら……)
ティーポットの中をちらりとのぞいてみると、なんとも薄い液体が見えた。
これでは色のついたぬるま湯だ。
(渋いのが嫌いと言っておられたから、薄く淹れてみようとはしたけど……)
なんとも微妙な仕上がりだ。
実家ではベテランハウスメイドのマリーがこういうことは全てやってくれていた。
安心感のある仕事ぶりに全てをまかせっきりにして甘えていたツケがきた。
(えーっ、これ、持っていくの!? ……嫌すぎる)
不味いと分かっているものを他人様に出すなんて、罰ゲームにもほどがある。
しかし、それが仕事なのだから仕方がない。
メルジーナは泣きだしたいのをこらえてワゴンを押した。
「……エルネスティーネ様。お茶をお持ちいたしました」
皇女は振り返り、勝ち誇ったように言った。
「そう。ご苦労様」
エレナに教えられたのは、準備する飲食物は一口毒見をしてから出すことだ。
メルジーナはカップに注いだ茶を一口飲み、悟った。
絶望的に不味い。
陸の生活に不慣れな自分でも分かる。
これは、渋いや薄いを通り越して、なんとも不快な味だ……。
万事休す。
その時、ふっくらとした気品高い頬の口角がゆっくりとあがった。
皇女は言った。
「ああ――でも、ごめんなさいね。もう、要らないわ。気が変わりました。やっぱり果実水を持ってきて頂戴」
メルジーナは一瞬あっけにとられた。
自分から頼んでおいたものを要らないと帳消しにする。
しかも、毒見までして完璧に整えられたものを。
普通に考えればいやがらせ以外の何物でもない。
誰がどうみても質の低いメイドいびりだ。
しかし、幸か不幸かメルジーナは《普通》ではなかった。
さらに言うと、残念なことに紅茶も《普通》ではない……。
(いらない? いらないって言った!?)
自然と心からの笑みが顔に出てしまう。
(メイドとしてこの恥ずかしい代物をお披露目しなくていいのね!? あ、ありがとう姫様……)
「かしこまりました」
と、にっこり返事をしたメルジーナはすみやかにUターンをして、脱兎のごとく皇女の部屋を出た。
今度はエルネスティーネがあっけにとられる番だった。
(な、なんなのよぉあのメイドッ……! 泣くどころか笑って出て行くなんて……意味わかんない!)
虚勢をはってはいても、中身は十代の少女である。
思った通りにいかなかったことに内心ではひどく動揺していた。
そして、反抗期真っただ中の皇女は一計を案じた。
果実水ならサルでも、否、元人魚でも分かる。
何しろ瓶からコップに注げば良いだけなのだ。
ルンルンでメルジーナが戻り、教えられていた通りに毒見した後にコップを差し出すと、皇女は喉が渇いていたのか一息で飲み干した。
そして言った。
「今日はお天気がいいわね。散歩に行きましょう」
皇女は微笑む。
垂れ目がちなグレーの瞳の奥に、妖しい光をきらめかせながら。




