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人魚姫メルジーナは今世こそ平和に結婚したい  作者: 丹空 舞
第二章

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洗礼を受けました

リシリブール帝国皇女、エルネスティーネ・クラッセンは苛立っていた。

今朝に限った話ではない。

ここ数年は、慢性的な苛立ちと精神的な疲労にさいなまれていた。


帝国の冠たる父親も、その妃である母も、多忙のためか真っ向から自分に向き合おうとはしない。


双子の弟のエーベルハルトは気が弱いけれども温厚で、成績も優秀だ。


兄のジークフリートは言わずもがな、すでに皇太子として政務にあたっている。


エルネスティーネはといえば、何もなかった。

そう、何もーー。


得意なこともなく、学業にも興味がもてない。

容姿も凡庸、むしろ近年の暴飲暴食のせいで肥えふとってしまった。

唯一の楽しみといえばドレスや宝飾品を集めることだった。しかし、それも最近はあまり楽しくない。

公務で使う面白みのない、いわゆる《フォーマル》なドレスは、行事の妨げにならないよう皇后である母が選んだものをメイドが勝手に持ってくる。かといって、自分で選んだものを着ていく場所もない。


貴族の令嬢たちからのパーティーやお茶会も気乗りはしなかった。機嫌が悪いときに何度か毒舌を吐いたら、そもそも誘い自体が減ってしまった。


(でも、あたし、悪くないもん)


エルネスティーネはいつも不貞腐れていた。

最初こそ、両親に対する小さな反抗のようなつもりだったけれど、皇女という肩書きに遠慮して、周囲のメイドの誰もが止められずにいたために、自分でも落ち着き方が分からなくなっていたのだった。


先週、遂に16人目のメイドがさじを投げた。

夜逃げ同然に出て行ってしまってからは、皇后付きの女中頭に指示されたメイドが入れ替わりにやってきた。


自分が持てあまされていることも、分かっている。

だけど、他にどうすればいいのか。


今朝は新しいメイドが来るはずだ。

どこかの伯爵の娘だとかいっていたような気がする。

出自がどこの誰でも構わない。どうだっていい。

なぜなら、この帝国で自分より位が上の女性なんて、母親以外いないからだ。



(さて、今回は何日持つかしら)



エルネスティーネは色の白いふくよかな頬に、似つかわしくない意地の悪い笑みを浮かべた。








それから間もなく。





控えめなノックの後、



「失礼いたします」



と、入室したひっつめ髪の女官長のまっすぐな背中の後ろを、メルジーナはそっとついていった。







ピンクのシャンデリアと白いレースを基調にした寝台の隣に、皇女は居た。

優雅に紅茶のカップを傾ける姿は令嬢そのものだ。

グレーではあるが薄っすらと桃色がかった髪は長く、緩やかに巻かれている。

ドレスも髪の色によく映える乳白色の葡萄色だ。


「遅かったじゃない、エレナ」

と、皇女は言った。


女官長は何も答えず儀礼的に頭を下げた。

メルジーナもあわてて、礼をする。


「で? その子が新しいメイドなの?」

エルネスティーネは値踏みするように、給仕のお仕着せを着たメルジーナをじろりと見た。

その子、と呼んだが、エルネスティーネはまだ十代だ。

年齢はともかく、生まれたときから人の上に立つ生活をしているので、こういった口調も当然のことになっていた。


「ふーん。見た目はいいけど、それだけじゃあね」


「リーメンシュナイダー伯爵のご令嬢、メルジーナ様です。本日よりエルネスティーネ様付きのレディーズ・メイドとなります」


「メルジーナ・リーメンシュナイダーです。よろしくお願いします」



片足を引いて、背を伸ばしたままのカーテシーには未だ慣れなかったけれど、メルジーナはなんとかそれらしくやってのけた。





エルネスティーネのグレーの瞳がメルジーナを捉えた。


そして、お辞儀をしたメルジーナの金髪の上から、パシャっと水が落ちてきた。






(えっ……?)







「エルネスティーネ様!」



とがめるような鋭い声は女中頭のエレナのものだろう。

皇女の放り投げたティーカップは、背後の壁にあたって無残に割れた。





「あら、ごめんなさいね。口に合わなかったものだから、つい、手がすべってしまったわ」





ふふ、とあくまでも優雅にエルネスティーネは微笑んだ。

座ったまま、一歩も動かずにメルジーナを眺める。




「何て言ったかしら? そこのメイド。まあ、なんだっていいわね、どうせすぐにまたいなくなるんだから……あなた、別の紅茶を淹れなおしてくださる? わたくし、渋いものって苦手なの」





こめかみから滴り落ちる生ぬるい液体は、先ほどまで皇女の飲んでいた紅茶だった。





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