厨房にて ウッツとグンターのお喋り
いやー、今日のベシャメルソースはうまくいったな
ああ、会心のできだったな。
旦那様も奥様も、笑顔ではあったけどさすがに寂しそうだったな。お嬢様が出発されてから、なんともいえない顔をされていた
そりゃあそうだろう。メルジーナお嬢様……ずっと病弱で、一匙のお粥も満足に食べられないときもあったお嬢様が、皇宮に登城だぞ。嬉しさと心配がないまぜになって、使用人のおれですら泣きそうになったよ
おれらもお嬢様が小さい頃からいるもんな
それが今日は、大皿のフリッターをほとんど一人で召し上がってたもんな。次はシャチの素揚げを作ってくれって真顔で言ってたけど、あの冗談は貴族の中で流行ってるのか?
さあ……にしても、シュテファン様は……
ああ……シュテファン様な……泣きすぎだったな……美形だから余計に残念だよな……
あの方、帝国軍部では絹羽鳥の貴公子って呼ばれてるらしいぞ
絹羽鳥でも孔雀でもフラミンゴでも、何だっていいけど、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだったし、メルジーナお嬢様ちょっとひいてたし。やけ酒にもほどがあったな。しかも弱い
最後はそのへんの野草で自分でモヒート作り始めてたもんな
あれはないなー……
それにしてもメルジーナお嬢様、大丈夫だと思うか? ガチガチに緊張してたぞ
領地から出たことがないんだから、緊張もするわな。しかもいきなり帝都だろ?
ああ。ここも田舎ってほどじゃないけど、帝都と比べりゃ何もないもんな。帝都で修行してたころが懐かしいや
でもあんなとこでお嬢様が働くなんて、想像もしなかったな。部屋から出るのもやっとだったし、口数も少なかったのに、高熱を出して以来すっかり調子がよくなってさ
ああ。医者も奇跡って言ってたぜ。まるで、新しい魂が入ったみたいだって
はは、そいつはすげぇな。お嬢様、毎日海の神とやらにお祈りしてらっしゃったからな。報われたんじゃないのか
小さい頃からずっと屋敷を出られなかったからな。あんなに元気になられて、おれらにも明るく挨拶してくれて、こんな言い方したら失礼かもしれないが、ほんとにいい子に成長されたよ
ただ、今日は青ざめておられたな……
ああ。さすがに緊張するんだろう。行儀見習いって、おれはよく知らないけど話に聞いたところじゃあ、要人と四六時中一緒にいて世話をするらしいじゃないか。できるのかね、あのお嬢様に。人間の世話どころか、馬や鳥の世話さえやったことのない箱入りのお嬢様だぞ
そうだな……心配ではあるけど、もう馬車はでちまったんだ。まあ、おれたちにできるのは、例の海の神様とやらにお嬢様の無事を祈ることと、夕飯の仕込みの時間までにこの大量の皿を洗うことだけだ
ああ、ちがいない……うわ、まだあるのかよ。終わる気がしねぇ……はなむけとはいえ、気合い入れて作りすぎたな……




