皇帝陛下だってさ
さすが豪華な部屋だと思ったが、拝謁までを待つ待機室だった。
というわけで、その後ティモの案内された拝謁の間は豪奢などというものではなく、いっそ神々しかったし、部屋ではなく広間といったほうがいいものだった。
壁には彫刻やステンドグラスの細工があり、大理石の像や一枚が一頭の馬くらいある絵画が飾ってあった。そんな部屋の最も奥には、宝石が固まってひとつになったような冠をかぶった初老の厳めしい顔つきの男が、玉座にどっしりと腰かけていた。豊かな白髪と白髭はサンタクロースのようだが、眉の下の眼差しは鋭く、見る者に猛禽類を思わせる。
さすがのティモも少しは背筋が伸びた。
「そなたがティモシーか」
と、低いがよく通る声で言った皇帝陛下は、
「よく来てくれた」
案外にもティモを労う言葉を最初にかけた。
ベームに言われたとおり、伏せて待っていたティモはそれでようやく顔をあげ、まともに皇帝の顔を見た。
先の対戦でこの帝国を作り上げた、希代の皇帝らしい。ティモには人の世の中の権力などはあまり興味はないが、目尻に皺のあるこの老帝のそこはかとない野生味は本能に訴えかけるものがあった。
(そうだ、似てるんだ。姫様たちのパパに)
唯一無二の海の王。
それは広大な水の世界を統べる者に初めて相対したときの感覚によく似ていた。
ティモは懐かしさから思わずほっと息を吐いた。
天使の微笑みに周囲の衛兵や侍女、使用人たちがはっと息をのんだ。
「初めまして。ティモシー・リーメンシュナイダーです。お会いできて嬉しいです」
皇帝は少しの間の後、静かに尋ねた。
「魚の塩漬け。そなたが考えたと聞いたが、本当か」
「――はい」
ティモは事前にメルジーナと打ち合わせをした通りに答えた。
拾ってくれた大恩のあるリーメンシュナイダー家に役立つことがしたいと常々考えていた。
ある日、一人娘のメルジーナが魚を食べたいと偶然言ったのを耳にして、魚を塩漬けにして運ぶ方法を思いついた。
知り合いの料理人エルマーと協力して、いわゆる《人魚印の塩漬け》が完成した。
皇帝はゆっくりと頷きながらティモの話をきいた。
侍女のうちの一人――ヴィオラという、速記が大変得意な女性だったが、ティモは神業と言われるその書きぶりよりも《おっぱいが大きいな……肩凝りそう……》ということをぼんやり思った――が、小さな机に座ってものすごい勢いでティモの話を書き取っていた。
「……というわけなのです」
ティモが経緯を説明し終えると、皇帝はゆっくりと頷いた。
そして、
「大儀であったな」
とティモに言った。
鋭い眼光が少し和らいだような気がする。
皇帝の隣に控えていた家来――ラディムといい、財務大臣であり側近のうちの一人である重役だったが、ティモは頭頂部の薄いオジサンという認識でしかなかった――が、やや早口で言った。
「帝国からもお前に提案がある。詳しいことはこの後皇太子殿下がお話をされるので心して聴くように」
(げっ。まだあるの? もういいってば、めんどくさいよ、早く帰りたーい)
という内心の思いが顔に出ないよう、ティモは下を向いて礼をし、恭順の態度を見せた。
この後に連れていかれる皇太子の執務室で、ある意味で《運命》の再会が待ち受けているとも知らずに。




