ティモシー、動きます
皇帝陛下に謁見するというその朝も、ティモシーは普段と変わりなく目覚めた。
彼にとっては地上の地位も名誉もさしたる魅力を持たない。
「……めんどくさいなあ」
と、言いながら、ベームにお小言を言われながらも、しぶしぶ支度を整えて登城した。
乗り合い馬車で行くつもりだったのに、ベームはすでに御者つきの馬車を用意しており、押し込まれてふてくされたティモは塩キャラメルを頬張って苛立ちを鎮めていた。
しかし、到着してすぐ、そんなティモシーも馬車から降りてさすがに驚いた。
「でかっ!」
ティモが想像していた《城》というのは、リーメンシュナイダーの領地にある城を少し大きくしたようなものだった。要塞の街、エデルナッハの城は実際には人間が居住していないからか半ば史跡のようで観光地化している。
しかし、この帝都の皇居。
ここはティモの想像をはるかに越えていた。
門番がいたので尋ねると、ティモの呼び出された謁見室に行くためには少なくとも、目の前にある池を越え、やぐらを過ぎ、木立を抜けなければいけないらしい。
「え? もしかしてこの門の中全部?」
小さな村ならば三、四個ほどはすっぽり入るのではないだろうか。
門前で返してしまった馬車の後ろ姿を眺めて、ティモは苦笑いをするしかなかった。
「あー、もう。水の中なら一瞬なのにな、こんな距離!」
愚痴を言いながら池にかかる上品な石橋を渡り、物見やぐらの兵士に挨拶し、薔薇だのハーブだのなんだのがお行儀よく生やされている木立を駆け抜けて、ようやくティモは宮城へ到着した。
それも宮殿が幾つもあり、いったいどの建物なのかさっぱり見当もつかなかったので、兵士や官女にひたすら尋ね続けた結果である。
「うーん、やっと着いた……で、でかい……」
という感想しか出てこないほどには、その城は大きかった。
リーメンシュナイダー城の倍、いや、もっとあるだろう。
これでも皇宮のほんの一部分なのだ。
この執務・儀礼関係の皇城以外にも、帝国には皇帝陛下の居住地、静養地、茶会などを催す場所、牧場、宝物殿などの関連施設が他にも多くあるのだ。
城の入り口にはまた厳めしい顔つきの門番が控えていた。
ティモは皇帝の紋章のついた書状を見せて会釈をしながら、いったい後どれだけの門をくぐれば謁見の間とやらにたどり着けるのかと不安になる。
エントランスには背の高いすらりとした女性が待っていた。
「あ、リアさん!」
見知った顔を見つけてティモはへにゃっと相好を崩した。
が、その途端リアは鼻を抑え、苦し気にうつ向いてしまう。
「えーっと? 大丈夫ですか?」
「……問題ありません」
根性で顔の筋肉を落ちつけているようだ。
自分よりも年上なのだろうが、可愛い人だな、とティモは思う。反応が分かりやすい。
さんざん海の中でも可愛がられていたので、好意を向けられることも注目されることも慣れている。嬉しいな、とも思う。
だからこそ、少しからかってみたくなるのだ。
「今日は女の人の格好なんですね。こないだのリアさんはかっこいいと思ったけど、スカートをはくとやっぱり可愛いなぁ」
「……ッ!」
今度は胸をおさえて前屈みになってしまった。
「し、心臓が痛い……」
「えっ!大丈夫!?」
「ーー問題ありません」
いや、あるよね?問題ありありだよね?と、自分で話をふっておきながらティモは内心突っ込んだ。
気を取り直したリアがきっと顔をあげた。
「ご案内いたします」




