ジークフリート、困惑す
あの帝国の懐刀と名高いリアを、どんな手を使って陥落させたのか。
ジークフリートは頭を捻っていた。
皇帝からの書状という体で、実際は現地調査に乗り出したリアが、やけにぼんやりして戻ってきたからだ。
異能力の類いか?
はたまた催眠術でもかけられたのか?
しかし、凄腕のスパイでもあるリアだ。
そうやすやすと罠にはまるとは思えない。
今回の書状、名前こそ父のものだが、実質はジークフリートが手配したものだった。
第一皇太子であるジークフリートは、式典などの出席に加えて実務上の仕事を多く任されている。皇室には星の数ほど、いや、もしかするとそれ以上の書類仕事があり、皇族としての公務と兼ね合いをしようと思うと時間がいくらあっても足りない。そのため、どうしても必要なものには出席するが、基本的には執務室で書類や数字と睨みあいをする日々が続いていた。
書状の内容は単純なものだった。
魚の塩漬けが今や民の生活を変革させ、栄養価を高めていること。
帝国の貴重な物資が増えたこと。
それらを帝国が評価しており、詳しい話をききたいこと。
ついては、一度皇居を訪れて欲しいこと。
言葉は簡単だが、話はそう単純ではない。
まずはティモシーが反乱分子でないか見極めなければならない。
民のカリスマとなり、扇動した罪で処刑される者は今も昔も一定の確率で発生する。
少年とはいえ、帝国に反逆し混乱をもたらすならば、斬らねばならない。
因果な役目だ、とジークフリートはため息を吐く。
さらには、ティモシーが生粋の商売人だったとしても、問題はもうひとつあった。
塩漬けの魚は今や信じられない勢いで拡大している。腐敗してしまうために魚を食べられなかった内陸の民も、たんぱく源として気軽に魚を口にできるようになったのだ。栄養状態の改善も大幅に行われ、まさしく海の恵みを皆が享受し始めている。未だリーメンシュナイダー領や帝都周辺だけではあるが、今後これからリシリブール帝国中に広がっていくにちがいない。
ジークフリートはティモシーに要請するつもりだった。
ひとつ、製造権を独占しないこと。
すでに魚を塩漬けにして売るというやりかたは巷に普及し始めている。禁止したところで収まるとは思えないし、経済が活性化するため、帝国としては独占販売をさせる旨味はない。自由競争をさせる方が市場は勢いづく。
ひとつ、得た収益の二から四割を帝国の税として納めること。
前者はともかく、後者は切り出しにくい話だった。
現在でも、商人たちへの税は課している。
しかしそれは販売総額の一割と決まっている。
だが、ここまで巨大になった利益は莫大なものだ。
リシリブールの国庫を担う、財政担当大臣に口を酸っぱくして言われてしまった。
三割、いや、二割でもいい。
国に納める額を増やすよう交渉してくれと。
その分、帝国側でも条件を出すつもりだった。
人魚印の塩漬けを帝都公認の物に定める。
また、必要な樽や塩の購入についての優先的な供給。設備への投資。
つまり、半分帝国のものになるようなものだ。
ティモシーという少年が噂どおり賢ければ、これが帝都の財政を潤すための施策だとすぐに気付くだろう。
何のことはない、旨味のある商売の恩恵に預かろうとしているだけである。
そこで、諾と頷くのは商売人ならばプライドが許さないことは十分に考えられる。
さて、どう出るか。
ジークフリートは今や定番になった軽食、ニシン入りのサンドイッチをかじりながら思った。
ティモシーという少年。
噂通りの天使なのか?
あるいは天使の顔をした、悪魔なのか?
全ては来週の謁見に託された。




