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「……ティモ。リア様に岩塩、じゃない、お茶菓子をお持ちして」
「いえ、そのようなことをしていただくわけには」
「いいえ、ご気分が優れないときにこそ、甘いものが必要です。病床で学んだ数少ないことのうちの一つですわ。ティモ、何といったかしら、あなたが以前気に入ったと言っていた菓子を持ってきてあげてね」
「ああ……あれ、ね」
その言葉にリアの肩がまたぴくりと震えた。
ティモが温室を出ていくのを見て取ったメルジーナは、への字に口を結んだリアを見て確信した。
(この人、お姉様たちときっと同じだわ)
人魚姫の末娘だったころ、メルジーナには6人の姉がいた。
それぞれが美しい姿態と声を持っていたが、共通していたのはティモシーを溺愛していたことだった。
ほとんど娯楽もなかった海の世界に、突如珍しいオッドアイのシャチの坊やが現れたのだから、彼女たちの可愛がりようはすさまじかった。ティモも味をしめて、あざとさに磨きをかけてしまったのだが、メルジーナにはそれでピンときたのだった。
「リア様。率直にお尋ねしますけれど、私の弟。ティモシーをどうご覧になりまして?」
「ど、どう、というのは……」
「伯爵家の者としては、やはり頼りなく思えますでしょう。ええ、もちろん可愛い弟なのですけれど、この間まで私の従者をしておりましたから、もちろん知識も教養もこれからなのです。ゆくゆくは帝国のリセに入れようと思っているのですが」
「帝国の……というと、リセ・キャトルのことですか」
「ええ。貴族も平民も同じように教養を身に付けることができると」
「そうですね。皇帝陛下が旧修道院を改築して作ったのです。ですが、失礼ながらメルジーナ様がご存じだとは知りませんでした。まだ新しく、知名度はこれからだと思っておりましたので」
「可愛い弟のためですもの。日々勉強ですわ」
「――ご苦労お察しいたします」
可愛い、を強調して言うと、リアはもの言いたげに瞳をうるませた。
もう一押しだ。
「リセ・キャトルは全寮制と聞いております。試験に合格すれば、ティモも帝都で過ごすことになるのです。」
「帝都で……」
リアが口の中で呟いた。
「ええ。ティモは帝都にとって有用な人材になりたいと思っているのですわ。自分を育ててくれた故郷に恩返しをしたいと」
もちろん、そんなことをティモが言ったことはない。完全にメルジーナのでっちあげなのだが、リアは口元を押さえた。
メルジーナは表向きはあくまでもにこやかに、リアを観察していた。そして閃いたことが一つあった。
ちょうどその時、温室のドアが開く。
「ただいま戻りましたー。キャラメル、もらってきましたよぅ」
ティモは小さな硝子皿を持って戻ってきた。
花をかたどった微細な装飾だ。
透明の薔薇は紅く透けて、その上に油紙に包まれた飴のようなものが乗っている。
どうぞ、とティモに勧められて、リアはそうっと一つ手を伸ばして、つまみ上げた菓子を口に運んだ。
「お……おいしい」
「でしょう? エルマーが作ってくれた中でこれが一番好きなんだ」
にっこりとティモが笑い、さりげなく一つつまみ上げてもぐもぐ食べた。それさえも天真爛漫な自身のキャラクターを分かった上でやっているのをメルジーナは知っている。あざとい。
ただ、リアは何かに耐えるようにうち震えていた。
(あー)
メルジーナにはリアの内心はうすうす理解できた。昔の六人の姉たちがキャアキャア言っていたのが懐かしい。
「リア様。よろしければお土産にお持ちになりますか?」
と、メルジーナが尋ねると、リアはしばしの沈黙の後、色々な感情を飲み込んだ顔をして言った。
「……どこで買えるのかを教えていただけますか」
「あ、これは、エルマーという私の仲間の料理人がいるんですが、彼がティモのために作っているもので。非売品なんです」
「専属の料理人ですか……」
「いえ、専属とかそういうのではなく、ティモが気に入ってしまったというか、向こうも世話焼きなたちなので満更でもないというか、とにかくティモはずいぶんエルマーを慕っていて。最近はおやつに彼の試作品をよく食べているんです」
「そうですか……」
「ですが、そんなに気に入ってくださったなら、売り物にならないかエルマーに打診してみようかしら。市場で売ってみたりして」
リアの瞳がカッと見開かれた。
「そ、それは、ティモシー様お気に入りの、という触れ込みで?」
「あら、それは良い考えですわね。今、巷では話題になっているようだし、うまくいくかもしれませんよ。そうだ、ティモ、あなたエルマーと一緒に売り子をやってみれば?」
リアが体を横たえていた長椅子が、ガタタッと音を立てた。
「いやだなあ、ひ……お姉様。リセに入るための勉強をしなきゃいけないって、昨日僕を散々脅したのはお姉様ですよ。売り子なんて、どこにそんな時間が」
「お言葉ですがティモ様。リセの入学には家柄ではなく、教養の試験に加えてこれまでに行ってきた事業や活動も加味されます。もしも菓子の販売が利益目当てでなく、慈善事業だった場合、ティモ様の慈善活動として願書に記載することができます。すなわち、少しばかり有利になるかと」
「あ、そうなんですね。いいことをきいたな。それならやってみようかな。売り子なんて初めてだから、うまくできるか知らないけど」
「できますとも。立って微笑んでいるだけで、飛ぶように売れるのを保証します。というか、私が買い占めたいくらいです」
本気か冗談か分からないまっすぐな眼差しを、ティモはにっこりといなしながら、
「リアさん、たくさん買ってくれたら、サービスしちゃいますよぅ」
なーんてね。
と、営業スマイルを浮かべる。
メルジーナは、またやってる、としか思わなかったが、リアにはドストライクだったらしい。
「て、天使ッなのにッ……小悪魔……と、尊い……」
小声で何かを呟きながら、プルプル震えている。
何はともあれ、ファンというのはありがたいものだ。
販売が現実になったあかつきには、パッケージにティモのイラストでものせてみようかとメルジーナは思うのだった。




