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人魚姫メルジーナは今世こそ平和に結婚したい  作者: 丹空 舞
第一章

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ウェルカムです敵意はありません



実際のところ、メルジーナは隠されていたわけでも隠れていたわけでもなかった。


社交界に出なかったのは、単純に病弱過ぎて体力がついていかなかったからだし、リアに衝撃を与えた透明感のある肌もその副産物だ。

むしろこれでも黒くなったとさえいえる。

ほとんど日光に当たっていなかった肌は最初真っ白で青ざめてすらいたが、メルジーナに転生したときからほのかな赤味を帯び、度重なる《お散歩》のせいもあって健康的になっていた。


転生した人魚姫、現メルジーナは何となく知っていた。

空気の精として各地を漂っていたときに見知ったのだ。

貴族の娘が社交界に出て、友人知人を増やすことを。

または結婚相手を探すことを。

しかし、いまいち踏み切れずにいたのは、うまくふるまえる自信がなかったからだった。

今はぼろが出ないようにおとなしくしていたほうがいいというのが、メルジーナの見解だった。

父母が体を心配してすすめてこないのをいいことに、メルジーナは《社交》をサボりまくっていたのだった。



だから――分からなかった。


皇帝の使者を歓待する方法を。







どうにかして温室に使者を連れてきてと言ったメルジーナに、忠実な元従者はちゃんと報いていた。




「リア・ヴァイスと申します。皇帝陛下からの書状を持って参りました。申し訳ありません、すぐにおいとまするつもりだったのですが……」




ティモはリアを長椅子に座らせ、


「早馬でいらしたのか、途中の道にご気分が悪くなったようでしたので」


と、メルジーナに言った。



目くばせで、


(これでいいんだよね? 後はうまくやってね)


とティモが伝えてくる。


(後で鯨肉のジャーキーでも渡してあげよう)



メルジーナは小さなテーブルから立ちあがった。

リアがあわてて止めようとするのを制止して、挨拶をした。


「お初にお目にかかります。メルジーナ・リーメンシュナイダーです。このたびはご足労いただき、ありがとうございました。大丈夫ですか? ここはほとんど私と庭師しか訪れませんわ。どうぞ回復されるまで、ゆっくりしていらしてください」


「メルジーナ様……」


「リアさんといいましたね。これをどうぞ」


「えっ?」





メルジーナはリアに黄色の細長い実を渡した。

最近のお気に入りおやつナンバーワンなのだ。

ティモの共感を得るにはいたっていないが、リアは気に入ってくれるだろうか。


リアは渡された実を所在なさげに手の中で転がしている。



(私たち、反乱するつもりなんて全くもってありませんよ)


これが、敵意はないことを示す、メルジーナの精一杯の歓待だった。


ティモが、他にあったでしょ……と呟きながら笑いをこらえているのにも気付かずに、メルジーナは機嫌よく続けた。


「我が家に皇帝陛下からの使いがいらっしゃるなんて。めったにないことですわ。ええ、わかっています。きっとこのティモの、魚の加工販売についてでしょう? そのおかげで私たちの家も息を吹き返しました。本当に、この子はよくやってくれたんですよ。私には思いつきもしませんでしたわ、ニシンを塩漬けにするなんて」


メルジーナは《自分は全くこの計画には関わっていません》アピールをすることに腐心していた。


商談をしたいわけでも、必要以上に儲けたいわけでもない。


実際のところ、メルジーナが計画を練り、お膳立てをし、指示をし、その通りにティモやエルマーが動いただけなのだが、それが巷で噂になることだけは避けたかった。


帝国になり自由の風が吹き始めたとはいえ、女が男と同じように外で働くことはよくも悪くも目立つ。

パン屋やケーキ屋ならまだしも、今まで男が担ってきた部分の仕事に女が参入することは、必ずしもよしとされなかった。

リシリブールの帝都に近いエデルナッハでさえ、まだまだ旧態依然としているのだから、田舎はいっそうだろう。


メルジーナは正直にいうと、男女同権を声高に叫ぶつもりは一切なかった。男に従えられるつもりはさらさらないし、やりたいことがやれないなら困るが、今のところやりたいことナンバーワンは《結婚》なのだ。


運命の恋が近付いてくるというのなら、いくらでも淑女になる所存である。


ただ、それは本人が決意しているだけで、いくら深窓の令嬢然としていたところで、中身はやり手ばばあ、もとい野生の人魚だ。


その点の順応に関しては、知能の高い動物と名高いシャチであったティモの方が、まだましだった。


「リア様……すみません、姉は臥せっていた時間が長かったせいか……少し独特で」

ティモがみかねて話しかけた。


リアはぴくっと肩を震わせたが、

「……何も問題ありません」

と言って俯いた。


その光景を見て、メルジーナは思うところがあった。


そう、こういう本能的な閃きに関して、メルジーナは突出していた。





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