シュテファン・リーメンシュナイダー
温室に入ってきたのは、緑がかった金髪の青年だった。
「……お兄様」
バナナを飲み込みメルジーナが呟いた。
大股で、しかしあくまでも優美に入ってきたその人こそ、リーメンシュナイダー家の跡取り、シュテファン・リーメンシュナイダーだった。
シュテファンはメルジーナと差し向いで座っているティモを見て、少しばかり安堵したようにハッと息を吐きだした。
走ってきたのか、しっかりした胸板がジャケットごしにも上下しているのが分かる。
「君もいたのか。じゃあ話が早い」
「シュテファン様、どうされたのですか」
「ティモ、この間も言ったけれど、僕やメルジーナと君はもう兄弟になったんだ。たとえ血の繋がりがなくてもね。いつまでも他人行儀じゃなくていいんだよ」
と、シュテファンは微笑んでみせる。
男にしては色白な端正な顔に、優雅さが上乗せされて、温室の気温が何度かあがったような錯覚すら感じさせるほどだ。
メルジーナは思わずしげしげと、自身の兄を観察してしまう。
この美麗極まる兄は巷で《絹羽鳥の貴公子》と呼ばれている。
エルフの血を引いているらしく、リーメンシュナイダー夫妻やメルジーナとは瞳の色が異なる。
帝国ではもうほとんど見ることのないエルフは珍しく、シュテファンの容姿は良くも悪くも目だつ。
父母は蒼色、現在のメルジーナは紫だが、兄は黄色と茶色が混じりあったような翡翠の色をしている。
ここに黒髪オッドアイのティモが参入したので、この一族の瞳のバリエーションはかなり豊かになったといっていい。
「メルジーナ、ティモ。さっき書状が届いたんだ。皇帝陛下の使者が来るらしい」
「来るというのは、エデルナッハにですか?」
「ちがう、ちがう。うちにだよ。リーメンシュナイダーの、この、屋敷に!」
メルジーナは絶句した。
(やばーーーい! もしかして、もしかしなくても、目、つけられた!?)
皇帝。
数多の国を従えるリシリブール帝国の頂点の存在。
ニシンのビジネスが上々も上々で、ニンマリしていたがそうは問屋が卸さないらしい。
皇帝様のお使者が何をしに来るのかといえば、それはもちろん――。
(〆られる!?)
メルジーナはくらりとめまいがした。
さて、シュテファンは先のオスカー二世に滅ぼされたエルフの生き残りである。
孤児院にいたところをリーメンシュナイダー夫妻に引き取られたのだ。
それも、メルジーナが生まれてからのことである。
一緒についていった幼いメルジーナの「この子よ。ぜったいに」という鶴の一声ならぬ、妹の一声で決まったという経緯があるせいか、シュテファンは――。
「メルジーナ! 大丈夫か!? 気分が悪いのか!? ティモ、すぐに医者を呼べ! 毛布と気付けのブランデーも早く! マリーはどこにいる、湯をわかすように言ってくれ」
シスコンである。
「お兄様、あの、ちょっとクラッとしただけで、私は全然、元気……もしもし? ブランデーとかいりませんからね? お兄様?」
「もう喋るんじゃないよ、メルジーナはすぐに無理をしてしまうんだからね。休めばすぐに良くなるから」
シュテファンの指先が鳥の羽のように柔らかく唇に当てられる。
世のご令嬢なら卒倒する場面だが、元のメルジーナの魂がそうさせるのか、ときめきの一つも覚えない。
目の前にいるのはただの残念なイケメンだ。
そう、重度のシスコンの。
「いや、休む必要は……」
「お兄様が部屋まで運んであげるから安心しなさい」
「や、だから、あの……」
有無を言わさず、いわゆる《お姫様抱っこ》で抱えられたメルジーナは、助けを求めてティモを見たが、
「オイシャサマをヨンデキマース」
愛らしい従者、いや、弟は、メルジーナの懇願に気付きながらも、どこか片言で敬礼してにやついていた。
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