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人魚姫メルジーナは今世こそ平和に結婚したい  作者: 丹空 舞
第一章

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35/93

好転


事態は瞬く間に好転した。





リーメンシュナイダー家の屋敷は、心無い貴族たちの間でお化け屋敷と揶揄されていた。


しかしそれもこれまでの話だ。


増築こそしていないものの、手入れがきちんとされた建物は往年の困窮から息を吹き返し、今や堂々とした風格の立派な建物へと変貌を遂げていた。


城壁の町エデルナッハの名に恥じない、小さくはあるがしっかりとした堅牢そうな城といっても良いかもしれない。


豪奢ではなくとも、歴史に裏打ちされた貴族の矜持と風格が壁や床、調度品の一つ一つにあらわれていた。


誇りを語るまでもなく、埃にまみれていた屋敷は専門の人間によって丁寧に清掃され、かびていたカーテンなども取り払って一新されていた。


リーメンシュナイダー家は財政難を脱し、まさしく再生したのである。





朽ち果てていた庭園には、秋薔薇が咲いていた。


薔薇だけでなく色鮮やかな花々がいたるところに植えられている。


コスモス、ダリア、エンジェルヘアー……


解雇されていた庭師は呼び戻されて泣いて喜び、腕をふるった。


エントランスには丸い花壇の中に背の低い一年草が絨毯のように敷き詰められていた。



中央には人魚を模した形が花々でかたどられている。


塀や小道に沿って植物たちはさりげなく高さを整えられ、奥に行くほど背が高くなるように配置されていた。


奥行きと広がりを自然に感じさせる、一流の庭師の見事な手法である。


庭園の最奥には噴水があり、水の粒を弾けさせていた。


周囲にはさりげなく彫刻や壺、岩などが置かれ、鮮やかな花や木々の紅葉に彩を添えている。


椅子やテーブルは修繕され、華やかな庭園の雰囲気と調和していた。



目を見張るような鮮やかな植物、爽やかな香りのハーブ類に囲まれながら屋敷の側へ進むと美しい温室がある。


壁にはまだ貴重品である薄い硝子が惜しみなく使われている。


秋の風は少しばかり冷たさをはらんでいたが、ここは温かい。




そんな温室では、珍しい数多の植物に囲まれた令嬢がけだるげにティーカップを傾けていた。


向かい側にはオッドアイの美少年が苦笑を浮かべている。




「ねぇー、姫さま……そろそろ機嫌なおしてよ……」


「絶ッ対ッ無理ッ」


「そんなこと言わないでさー……あ、ほらっ、名実ともに僕ら、姉弟になったわけだし?」


「そういう問題じゃないッ」





メルジーナはフグかあるいはハリセンボンのように頬をぷうっと膨らませながら拗ねていた。


分かりやすく、ぶんむくれている。




「僕は姫様が言ったようにしただけなのに、そんなに怒らなくてもいいじゃん。我ながらよくやったと思うよ?」


と、ティモが言う。



今回の功労者であるティモは、遂に先日リーメンシュナイダー家の養子となったのだった。


海で弟分として可愛がっていたので違和感は全くないが、それとこれとは別なのだ。



メルジーナは憤っていた。



「なんで、あなたが《天使》で、わたしが《変わり者》なのよッ!」







ニシンの塩漬けに成功したメルジーナは、商品化に乗り出していた。


塩はツァイデルの近いエデルナッハで仕入れる。

たるは森のあるセール。

ここはワインも作っているので調達は容易だ。

船は海のあるリンスターに任せればいい。


エルマーも仲間に引き入れたティモが、てきぱきちゃっきりと指示通りに行動した結果。

ニシンビジネスが大当たりしたのである。


小金を稼ぐつもりでいたメルジーナの目論見は外れ、大金が手に入った。




都では噂になっていた。


「ティモというすごい商人がいる」


「まだ子供だが天才」


「自分を売り込んで貴族になった」




そしてさらに、


「リーメンシュナイダーのご令嬢は美しいが変わり者らしい」


「不思議な小屋で変な植物を育てている」






それって。


それって。





バナナの木を撫でながら、メルジーナは呟いた。




「……金持ちだけど、おかしい奴ってことよね?」





ティモは「あー……」と言葉を濁した。



「まあいいじゃん。当初の目的は達成したんだし。お庭はこんなにキレイになって、お屋敷も立派になって、あとは姫様の縁談が」


「来るわけないでしょうぅぅっ!? あなたの評価は何故かうなぎのぼりだけど、私は温室変人令嬢の名をほしいままにしているのよ!?」


「バナナなんて育てるからじゃん」


「だっていい匂いがしたのよぉぉぅ」


メルジーナは情けない本音を漏らす。


海の中にない植物はみんなメルジーナには珍しかった。

育ててみたいものを庭師にきかれ、本で見た知識をもとに希望を伝えた結果、こうなってしまったのだ。



メルジーナはバナナの実をもぎとり、一口かじる。


まだ未成熟だがわりと美味しい。





しかし、落ちぶれ貴族からランクアップし、財力を得た貴族となったのは確かなのだ。


もしかすると、まっとうな求婚があるかもしれない。


メルジーナはわずかな望みを考えて、ため息をついた。


ただ結婚するということがこんなに難しいなんて。





その時、温室の扉が開き、凛とした声が響いた。




「メルジーナ、大変だ!」





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