エルマーきたる
ティモは塩プディングをどうにかおかわりできないかとごねたが、エルマーが人好きのするはしばみ色の瞳で「次に来たときには新作を試作しておく」と約束したため、納得した。
翌日の早朝。
(眠いなあ……ほんと、騙されてるんじゃないだろうな?)
エルマーはしょぼしょぼする目をこすりながら、リーメンシュナイダー家の屋敷の前に立っていた。
辺りはまだ暗く街灯りもついている。
雀すら起きていないこんな時間に、あの金髪美少女は当然のようにエルマーを呼びつけていた。
「あ。ほんとに来た」
外壁に溶け込むようにして、暗がりから少年が現れた。薄闇に長い睫毛や形の良い小さな顔が浮かび上がる。ティモだった。
「やっほー、おじさん。ひめさ……お嬢様が待ってるよ。あ、旦那様にも奥様にも内緒だから、使用人用の出入口からこっそり入ってね」
店で塩プディングを与えてから、この少年はエルマーを時折熱の入った視線でこっそり見てくる。目の大きな野良の子猫が、初めて見る玩具に不覚にも興味津々になっているようで可愛らしい。だが、同時にこんなおじさんに期待をされても何も出ないぞという気持ちにもなる。エルマーに出せるのは料理や菓子くらいのものだ。
「眠い。眠いよ。君の主人は人使いが荒すぎるんじゃない? まあともかくほら、今日も余ったやつ持ってきたから」
「えっ!?前のアレ?」
「いや。さすがに持ち歩くようにはできてないさ。これは焼き菓子。自分のまかない用に、余った材料で作った。残り物だからあまり期待するなよ」
そう言って、包みを渡す。
たいしたものじゃない。
残った生クリームに砂糖を加えて煮詰めただけのキャラメルだ。だけど、この子が好きそうだったから、少し良い塩をいつもよりも多めに使った。
「何これ」
ティモは不思議そうに包み紙を受け取った。
中の茶色い塩キャラメルをつまんで、訝しそうに眺めている。
「キャラメル」
「きゃらめる? 食べられるの、こんなの」
失礼なやつだと思ったが、無言で《食べてみろ》とうながすと、ティモは案外にも素直にそれを口に入れた。
そしてーー。
「え……」
「え?」
「エルマーさんッ……!」
頬をおさえながらティモは悶絶していた。
エルマーはすごい。
人間は嫌いだが、もうこれは認めざるをえない。
エルマーは確かに、逸材だ。
「……姫様の目に狂いはなかった」
と呟く。
意外にも名前を覚えられていたことに内心驚いていたエルマーは、
「姫?」
と尋ねたが、
「あっ、そこ段差あるから気を付けてね。庭園までは何ヵ所か舗装が崩れてるとこがあるんだ。このお屋敷、正直ぼろだからさあ。それも今後次第かもしれないけど。ほら、もうすぐだよ」
何事もなかったようにスルーされ、案内された。
エルマーが物置小屋のような庭園に足を踏み入れると、朽ち果てた椅子やらテーブルやらのガラクタの中に、伯爵令嬢が佇んでいた。




