黒歴史も悪いばかりじゃない
ごねるティモを強制参加させた作戦会議は、壊れた温室の中でつつがなく行われた。
「題して! メルジーナ、良い縁談が舞い込みますように計画ッ!」
「そんな神頼みな雰囲気の作戦名でいいのかな」
「さて、何が問題なのか整理するわよ」
さらっと流して地面に棒きれで数字を書きだしたメルジーナに、ティモは手を挙げて横やりを入れる。
「ねえ、姫様って《作戦会議》なんて、そんな論理的なことするタイプだっけ? どっちかっていうと、いきなり人間になりたいって魔女に突撃するとか、行き当たりばったりなイメージだったんだけど」
「ふふふ、ティモ。私は空気の精になってた間、こういう作戦会議をずっと一人でしていたのよ。何せ1000組の男女をくっつけないといけなかったんだから。そりゃあ計画をたてないと、やってられないわよ」
同じ人間といっても、年齢・国籍・趣味・職業が違うのに加えて、そもそも性別が違うのだ。
もはや別の生き物であるといっても過言ではない。
それらをくっつけるのは本当に骨が折れた。
罰ゲームに近い。
だけど、そこからでも学ぶことはあったのだ。
メルジーナは決意を込めて、棒切れをぎゅっと握った。
「ティモ、いい? まず、貴族のお嬢様のメルジーナが結婚するためには縁談が一番早いわ。身分がちがう人間同士はそもそも出逢いがないもの」
「あれ? 姫様、身分なんか気にしないって言ってなかった?」
「私はいいけど相手は違うわ。腐っても貴族なのだから、普通の町人の男性は遠慮するに決まっているでしょう。そもそも恋愛対象外よ」
下心があるならば別だけど、とメルジーナは心の中で独り言ちる。
空気の精生活をしていたときに見てきた。
自分と相手の身分の差を知りながら積極的に近づく相手というのは、ほとんどの場合が厄介だ。
世界に転がっている純粋な恋はそれほど多くはない。
邪心・下心を美辞麗句で覆い隠している輩の多いこと。
人魚の姫として海で暮らしているときには想像もしなかった、悪人というものを、空気の精として諸国を漂ってた今のメルジーナはすでに知っていた。
耐えがたいかつての黒歴史も、生きているならこそ意味を持ちはじめる。




