メルジーナ、館に帰る
エデルナッハの本宅に帰ってからも、オスカー領のあの殺伐とした雰囲気の余韻はメルジーナの心に色濃く残っていた。記憶の混濁を名目にマリーに尋ねてみると、おしゃべりかつお節介なきらいのあるメイドは洗濯物のシーツを片付けながら丁寧に教えてくれた。
「ああ、オスカー領でございますか。オスカー1世は《無謀王》と言われておりました。ええ、ええ、マリーはよく覚えていますとも。こんなおばさんのわたくしも少女だった頃がありましたよ。そう、花の十代でございました。その頃はこの辺りもこんな広い帝国じゃなかったですからね、国同士の諍いがひどくって、どこの国だって内乱やら戦争やらしておりましたが、オスカー王は素人目にも負けるって分かってるような戦争を平気で仕掛けるものですから、いつのころからか《無謀王》なんて呼ばれるようになりましてね。まあ、大戦の後はあそこだって帝国になりましたからそれなりに平和になったようですけれどもね、今はどうなんでしょう、わたくしもあまり行くことはないですからなんとも言い難いんですが、噂ではですよ、噂では、……かなり税が厳しいみたいですね。ほら、住民の税やら細かい条例やらは領主に一任されておりますでしょう。え? 当時のエデルナッハですか? そうですね、まあこの辺りは平和な方でしたよ、なんせ強かったですからね、将軍様――ああ、今は皇帝様と言うんでしたかね。ええ、ええ、当時から無敵でしたよ。そうじゃなけりゃ帝国になんてなりっこないんですからね。今は皇帝様もお年を召してますけれど、式典なんかでお見掛けするときにはまだまだ矍鑠としてらして、お元気そうですものね、威厳は変わらずにいらっしゃる。えーっと、それで、何でしたっけ? オスカー領のお話でしたか。あら、もういいんです?」
このまま止めなければマリーは永遠に喋り続けていそうだったので、メルジーナは曖昧に笑いながら後ずさりして退散した。
(でも、これで分かったわ)
メルジーナはリネン室を出て外に出た。
かつては金色だったであろう、階段のてすりの装飾はくすんでいる。
リーメンシュナイダー家の館は広い。
広いがしかし、古い。
古いだけならばいいのだが、古いというより―—。
(ボロイ、のよね……)
庭園に出たメルジーナはため息をついて、蜘蛛の巣の張った丸テーブルと廃れた温室を眺めた。




