帰途
リシリブール帝国は比較的平和な国だ。
しかし、小さな争いはいつの時代も起こる。
リンスターからエデルナッハに帰る馬車の中から外を見たメルジーナは眉をひそめた。
車輪のために舗装された道路は、ひび割れもない。
その路の奥に、柵を挟んで見える低所得者たちの住居群。
今にも朽ち果てそうな小屋の隣に座り込む老人。
男性なのか女性なのかも判別できない。
その隣にはボロ雑巾のような野良猫がうずくまっている。
若い女と男が何か言い争っていた。
移民だろうか、肌の色が濃く、どちらも目鼻立ちがくっきりとしている。
垢にまみれた子供たちだけはたくましく、遠くで笑い声が聞こえた。
「行きとはずいぶん雰囲気が違うわ」
メルジーナはふと感想を漏らした。
正面に座ったお母様、カタリーナが困ったように言った。
「行きは少し遠回りをしてしまったから、帰りは最短のルートでと思ったのだけど……怖かったかしら」
「いいえ! そんなことはないのですけれど」
と、メルジーナは言う。
そう。怖くはない。
メルジーナは空気の精になっている間、各地の様々な人間を嫌になるほど見てきた。
それこそ貴族も、平民も、スラムでさえも、どこにだってロマンスはあった。
スラムであれ、何であれ、そこで生きる人間はたくましい。
勿論犯罪の類は恐ろしいけれど、馬車を御しているティモはそこらのごろつきに簡単にやられるような真似はしないだろう。
メルジーナは言った。
「怖いわけではなく、不思議に思ったのです。あまりにもその、……雰囲気が違っているので」
カタリーナは頬に手を当てて、声をひそめた。
「実は、ここは私たちの領地ではないのですよ」
「えっ?」
「行きに通ったのは私たちリーメンシュナイダー家の領地でした。今通っているのは、隣のオスカー領です。ここは近年帝国になる前は絶対王制が敷かれていましたが、先の戦争でずいぶん痛手を負ったようです。あまり大きな声では言えませんが、オスカー一世は強引なやり方が有名でしたから……あの者たちもその影響を、少なからず受けているのかもしれませんね」




