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海の泡になった人魚姫は、消えてはいなかった。

朝日にきらめく水の天井を見ながら、彼女には悲しみはなかった。自分にできる精一杯のことをやったと思っていたからだ。しかし、幾ばくかの後悔は残っていた。

(あーあ、あのとき逃げなかったらなあ……)

焼き付いているのは、王子に腕をからめていたあの人間の娘の得意気な眼差しだった。

(しかたがないわ。おねえさまたちの言ったように、人魚が人間に恋なんてしてはいけなかった)

体が溶けていく。痛みはない。ただ、ひどく優しいところに還った気がして、その懐かしさに暫し痺れた。

海へ射し込む朝の光の中、何か透き通ったものが浮かんでいるのが見えた。自分自身もどんどん透き通って軽くなっていく。軽く、軽く、もっと軽く……。

(私はいったいどうなるの?)

透き通った何かが応えた。

(あなたは空気の精になるのです。そして、世界中の恋人たちを見守るのですよ)

(……)

(ん? どうしましたか? 聞こえない?)

(……)

(うんっ、んん……あなたは空気の精になるので)

(聞こえてるわ)

(ああ、聞こえていましたか。それではこれからは私たち同様、空気の精となって世界中の恋人を見守りましょう)

(……イヤッ!)

(えっ?)

(イヤです! イヤよ、絶対にイヤ! なんでこの期におよんで人間たちのイチャイチャを見せつけられなきゃいけないのよ! 失恋も失恋、大失恋の直後よ!? あんなに大変な思いをしたのに王子様は全然見る目がないし。空気の精か何か知らないけど、傷心の乙女を少しはそっとしておいてよ。できるなら海の泡になって消えていきたいわよ私だって )

(す、すみません……あれ、私どうしてあやまってるんでしょう……)

(だいたい何なのよ空気の精って!わけわかんない!)

(あ、あのう……その、大変申し上げにくいですが、神様からの辞令なので……あ、でも、ちゃんと恋人たちの恋を叶えることができたら、報奨のようなものはあります!1000組の恋人たちの恋を成就させたら、神様はひとつ願いをきいてくれるはずです)

(もうちょっと詳しく聞かせなさいよ)

(はい……うう、お互いに姿は見えないはずなのに、ものすごく威圧されている気がする……)

こうして空気の精となった人魚姫は1000組の恋人たちの恋の成就を助けることになった。

そしてそのあかつきにはーー。


(もう一度人間になりたい。今度は生まれ変わりたい。そして、今度こそ)


人間の男と結婚して、幸せに暮らすのだ。


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