名乗るほどのものでは
指輪をつまんだまま、ぼうっとした銀髪の青年は、熱に浮かされたような顔でメルジーナを見た。
「まるで魔法だ」
メルジーナはにっこり笑った。
人に限らず、生き物を助けることの多い、情の深いところは転生しても変わっていなかった。
「そんな夢物語みたいなこと。ほんの少し、泳ぎが得意なだけですよ」
と、メルジーナは言った。
青年はさんばしにしゃがみ込んだまま、つまみあげた指輪をメルジーナの目前に突きつける。
昼前の太陽を受けて、ピンク色の宝石がキラリと光った。
「この海のどこにあるかもわからない小さな指輪を……泳ぎが得意というが、砂や海藻に隠れている小石を見つけるようなものだ。簡単なことじゃない。いや、普通の人間ではとても」
その言葉にギクッとしたのはメルジーナだ。
「えっ!? いや、いやいやいや、ちがっ、ちがいますよ、普通~の人間ですよ。平凡な、普通代表です!」
「礼をしたいのだが」
「いいですいいです」
「それでは気が収まらん」
「いやいやほんと、こんなのたいしたことじゃないんで」
グレーの瞳に間近で見つめられ、メルジーナの心臓が跳ね上がる。
「せめて名前を……」
銀髪の青年の手がすっと頬に触れた。
メルジーナの胸中で、ヒェェェェェッと悲鳴があがる。
深海生物に指を突っ込んだときよりぞわぞわする。
父さんや姉さんに触れられるのは日常茶飯事だったのに、どうしてこんなに違うのか。
メルジーナは顔の熱さをごまかすように首をぶんぶん振って、半ば叫ぶように言った。
「なっ……名乗るほどのものでは! ティモ! わ、わ、私先に帰ってるからっ、いつものとこで!」




