これだ
小さな港に春の残りのような風が吹いた。
暫くして、青年がボソリと呟いた。
「浮かんでこない……」
さんばしに座り、懐から出したビスケットをかじっていたティモが気のない返事をした。
「そりゃーそうでしょ。さすがにひめさ……メルくんだって万能じゃないから瞬時に探すなんて無理だって」
「それにしてももう10分は経つぞ!?」
「あんたそういえば指輪って、結婚指輪?」
手のひらに残ったビスケットの屑を海にパラパラとはたき落としながら、ティモが言った。
「いや、婚約指輪だ。桃色の石がついているらしい」
「らしいって……」
「あの少年、やけに華奢だったが本当に大丈夫だろうか? もしや潜水してそのまま何かにひっかかってあがってこられなくなっているんじゃないか」
「ふはっ」
「何がおかしい」
「あんたは魚が溺れる心配したことある?」
「は? 何をばかばかしいことを」
「そう、ばかばかしいにも程がある。ばーかばーか、姫様が溺れるなんてありっこないよ」
「姫様?」
「え、あ、いや、えーっと……あ! あがってきたーっ!」
わざとらしくもティモの指差した先には、濡れた服をものともせず、さんばしのへりを右手で掴んで顔を出したメルジーナがいた。さすがに帽子はかぶっていられなかったので、豊かな金髪があらわになっていたが、水に濡れたために普段は見事に波打つウェーブもぺったりとストレートになっていた。
思わず近寄って膝をついた男に、メルジーナは左の手を開いて見せた。
「とりあえずこれだけ見つけたけど、この中にあるかな?」
さんばしに、バラバラッと貝殻か何かのように無造作に置かれたものを見て、男の目が見開かれた。
そこには一つではなく、色とりどりの宝石のついた指輪が、ぱっと見ただけでも十はあった。
ずいぶん昔のものなのか、宝石以外の部分が完全に錆びた指輪。子供が落としたのだろうか、ガラスのついたおもちゃの指輪。曰く付きなのかもしれない、大ぶりの緑の宝石のついた高価そうな男物の指輪。そして、まだ真新しくぴかぴかと光る、イニシャルの入った指輪。可憐なピンクの宝石が装飾されている。
これだ、と呟いた男は、まだ信じられない顔をしていた。




