探し物は何ですか
「いったい何を探しているんですか?」
と、メルジーナは尋ねた。
銀髪の男は一呼吸だけためらったが、静かに口を開いた。
「……指輪だ」
「どんな?」
「女性用の、桃色の石のついた――婚約指輪だ」
今度はメルジーナが息をのんだ。
必死になって探しているというのは、婚約指輪だったのなら頷ける。
人間の男女が結婚する際、指輪を身に着けるという話は姉たちにきいて知っていた。
男が海に飛び込みかけていたのはそういうわけだったのだ。
「ずいぶん大変なところに落としたものですね」
「……この桟橋の周りにあるはずなんだが、諦めきれなくてな」
男はふっと遠い目をした。
何かを懐かしむように苦笑する。
整い過ぎた目鼻立ちが冷たいように感じたが、こうして表情が変わると美貌にあたたかみが加わる。
メルジーナは男のまくったシャツから突き出た腕をじっと見た。
手が濡れていた。
諦めきれなかったというのは本当だろう。
長身の玲瓏とした美貌がメルジーナの視線に気付く。
「無力だな、おれは。小さな指輪一つ見つけられずにいる」
「大切なものなんですね」
「ああ。王や王子にとってみれば安物のおもちゃなんだろうが、おれにとってはいくら金を積んでも足りないくらい価値がある」
その言葉で、メルジーナは心を決めた。
「分かりました。私がとってきます」
彫刻の人形のようだった美しい顔に驚きが広がった。
その後、男は小さく笑いだす。
「くく……ありがとう。気持ちは嬉しいが、お前のような少年が海に入ったところで見つかるまいよ」
「でも、さんばしの周りにあるんでしょう?」
「周りといったって、どこに沈んでいるのか分からないものを引き上げることはできないだろう。それこそ海の王でもない限り不可能だ」
ゆるゆると歩いてようやく追いついたティモが、口を挟んだ。
「できますよ」
相手が見知らぬ人間、しかも男だというので嫌悪感をあらわにしている。
「少なくともあんたよりは、メルジ……このメルヒオールくんの方が上です。海ではね」
ティモが言う間にメルジーナはもう上着を脱いでいた。
もともと泳ぎにくるつもりだったのもあり、ためらいはなかった。
さすがに全裸になるわけにはいかないので着衣のままだが、遠くに泳ぐわけでもなし、十分だ。
「まてっ……おい!?」
銀髪の男があわてるのを横目に、メルジーナは魚のように海に飛び込んだ。
目にもとまらぬ速さで底へ向かって泳いでいく。
後には呆然とした美貌の男と、ため息を吐くティモ、そしてぷくぷくと弾ける小さな海の泡だけが残された。




