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人魚姫メルジーナは今世こそ平和に結婚したい  作者: 丹空 舞
第一章

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身投げ


「まずいわ、止めなきゃ!」



あわてているメルジーナをよそに、ティモは落ち着き払っていた。



「えー? なんで止めるの? いいんじゃない、命を賭して海と一体になるなんて格好いいと思うよ」

と、他人事のように言う。人間嫌いもここまでくると清々しい。

メルジーナは声を荒げた。


「人間は私たちみたいに泳げないのよ!? 泳げないのに海に飛び込んだりしたら……」


「息ができなくなっちゃうねえ。ざまあみろだ」


「ティモ!」


「はいはいすみませんでしたー。そんな怖い顔しないでよ姫様ってば。わかったよう」



メルジーナは急いだ。

前回人間になったときのように足裏に激痛がはしることもない。

地面をしっかりと蹴って走ると、視界の奥にうつっていたさんばしがぐんと近づいた。



「ちょっと! そこの人っ! 待って!」



さんばしから身を乗り出していた人間がこちらを振り向いた。


こげ茶のマントと白のシャツが海の風を受けてひらりと揺らいだ。


銀色の絹糸のような長髪がひと房、小さな滝のように肩から滑り落ちた。


長いまつ毛は切れ長の目の形を引き立たせていたが、瞳の奥にはどことなく隠し切れない焦燥感が見え隠れしていた。




よく見れば、美貌のその人は、《男》だった。


それもメルジーナが見たことのない種類の。







(何、この人……これが人間?)






ぞわ、と鳥肌が立つ。


激しい波に全身を打たれたようにメルジーナは圧倒された。





猛禽類を思わせる鋭い眼差しに射抜かれたからだけではない。


男のもつ雰囲気はメルジーナの知る海のどんな生き物よりも野生的だった。


だけれど粗野ではない。


自然によって洗練された天然の岩の彫刻を見ているようだった。


ティモが《ぼんくら》と形容したあの王子とは何もかもが違っていた。


確かにあの王子を初めて見たとき、いいなあ、楽しそう、わくわくする、キラキラしていて面白そう、と思った。もっと近づいてみたいとも。だからこそ、ひれを捨てて人間になったのだった。



しかし、この男は――。






(きれい……それに、とても……懐かしい)






男の瞳は、海の中から凍てつく海面を見上げたときのような、明るさを秘めた静かな蒼だった。




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