悪路王降臨・三
片や酒呑童子、片や悪路王。
どちらも強大な力を持った鬼だけれど、タイプが違う上に、性格も合わない。
酒呑童子が地面に触れたと思ったら、途端に間欠泉から噴き出る火傷するほどの湯気の威力が増した。おまけにグツグツ煮たぎる音が真っ赤に燃える溶岩からする……これは。
「まさか……火山を噴火させるつもりですか!?」
保昌が悲鳴を上げる。
利仁は心底嫌そうな顔をしているものの、許可を降ろしたのだから、なんとかなるんだろう……ねえ、なるんだよね。本当に。
酒呑童子は保昌の悲鳴にあっさりと答える。
「あれは強靱な肉体ぞ。人が鍛えた鋼では手も足も出ぬ以上、火山口に突き落とすしかなかろう」
極論! いや、でもそうか……剣でも弓矢でも平然としている鬼を倒すとなったら、マグマに突き落とすしかないのか。
皆は保昌の結界により、一回までだったら溶岩に落ちても死なないけれど。問題は、悪路王をどうやって落とすかなんだよね。
そう思っていたら、田村丸のほうが悪路王へと躍り出た。大剣を振り下ろすのかと思いきや、彼がやったのは大剣を鞘に戻すと、思いっきりそれで悪路王の背中を殴りはじめたのだ。ああ、そうか。筋肉で刃を受け止められてしまう以上、刃を納めて殴るしかないのか。
「あんたを、あそこに落とせば勝ちなんだろう……!?」
「たわけたことを抜かすな。貴様が我を溶岩に落とせると?」
悪路王は鼻で笑っているものの、維茂もまた、同じく鞘に納めた太刀であれを殴りはじめたのだ。
「これ以上好き勝手なことをされたら、たまらないからな」
「ああ、ああ、ああ……! 斬れぬから殴るとは、小物かあ!」
「なんとでも言え」
「貴様を倒せば、それでいいのだからな」
もう悪路王の挑発にふたりとも乗らない。
それに。酒呑童子が火山を噴火させようとしているせいか、さっきから地震が増えてきた。このまま行ったら、ふたりとも悪路王と一緒に火山口へ落ちる。
私は必死でその場で踏ん張っていたら、私の傍に茨木童子が寄ってきた。
「大丈夫よ。紅葉ちゃんと巫女は死なせる訳にはいかないからねえ」
「……私、あなたに助けられても……」
「あら、これでも私はあなたを買っていてよ?」
だから、いったいなにをどう、私を茨木童子が気に入ったのかわからなくって怖いよ。
私が自分の髪を掻き上げつつ、尋ねる。
「私のことはいいです。それより、火山口に落ちそうになっている維茂と田村丸をお願いできないですか?」
「あら嫌よ」
そんなあっさり。思わず半眼になって睨み付けると「いやあねえ」と茨木童子が答える。
「あなたを助けるのだったら、体重制限で大丈夫でしょうけど。ふたりも引き上げられないわ。重いもの」
「ああ、そういう」
「それにあなた星詠みでしょう? どうにかならないの?」
「……そう言われましても」
できないから頼っているのに、好き勝手言うなあ。私はイラリとしたものの、ふと気付いて空を仰いだ。
……悪路王の情報を読み解くことが、あまりにも情報量が多過ぎて無理だった。でも、酒呑童子と茨木童子の到着はどうにか詠み切れた。対話や交戦、交流した相手のものだったらどうにか詠みきれるんだったら……茨木童子の天命から逆算していけば、悪路王の天命も読み解ける……?
そのことに気付いた私は、必死で空を凝視した。
……目がいいところだけしか、私は保昌より優れている部分はない。でもそれなら、そこから情報を得たら、ふたりを助けて……悪路王を溶岩に鎮めることができる。
湯気や溶岩のシューシュージュージュー言う音の中、荒い息遣いが聞こえる。鈴鹿が四神の力を蓄えて、悪路王に向けようと最後の追い込みをしているんだ。この息遣いは、高熱でうなされているときにしか出ないようなものだ。こんなもの、彼女に発動させられる訳がない。
私は計算をはじめた。
ふたりを助ける。悪路王も倒す。そうしなかったら……一番望んだエンディングに進めないじゃない。
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地鳴りが続き、先程から硫黄の匂いがきつく濃くなっているのがわかる。太刀を鞘に納めてもなお、悪路王は体で太刀を受け止めるのだから質が悪い。
だが。背後には鈴鹿が満身創痍で四神の力を解放するべく動かず、紅葉様はなにやらあの鬼と一緒に空を仰いで口を動かしている。
……動ける訳がない。最悪の場合は、保昌の詠唱を頼りに、悪路王を道連れにして火山口へと落ちても。
「……いい加減にせよ、貴様らに興味はない。我の興味は巫女のみぞ」
「ああ、奇遇だな。俺たちもお前さんにはなんら興味はない」
田村丸は腕こそその豪腕で悪路王を突き落とそうとしているものの、頭は思いのほか冷静だ。軽口を叩く余裕があるのだからな。
「……巫女の名前も覚えてない奴に、俺たちの巫女を任せると思っているのか?」
田村丸が鈴鹿に執心なのは、誰が見ても明らかなのだから、悪路王に怒りを覚えても当然か。そのまま激しい突きが悪路王に入る。俺も大きく悪路王に殴りつける。
じりじりと近付いてくる火山口。だんだんと視界が悪くなっていくのは、保昌の詠唱がなかったら耐えきれない程の灼熱の湯気のせいだろう。これで──終わりだ!
俺は大きく悪路王を太刀で突き落とすべく腕を振るおうとしたとき。思いっきり頭を掴まれた。
「ぐぐぅ……!」
頭蓋を割らんとばかりに、大きく押さえつけられ、脳天がちかちかとして、目が見えなくなる。口からは、ポタポタと唾液が溢れ出てくる……体に、力が入らない。
「維茂……!」
「……いい度胸だ、我から巫女を奪おうとは。あれはいい贄ぞ。だがな、それだけ巫女を守りたいという殊勝な心掛けは気に入った……まずは貴様から屠ろうぞ」
頭蓋を掴まれたまま、ぶんっと力任せに振り回される。脚が地面から離れたと思ったら、コポコポと泡立つ火山口が近く見えた。そのまま手を離される。
「あ……」
「維茂……!!」
頼光の矢が俺の衣服を貫き、どうにか壁面で落下は止まった。俺はぶら下がったまま、頭上を見上げる。脳天を揺すぶられたせいか、力が入らずに、壁を昇れない。
頭上はどうなっている? 俺はどうにか見上げようとしたとき。ふわりとなにかが跳んできた。
「怠惰はふたりを分かつもの、善意はふたりを保つもの。ふたつ隔てる川に架かる、ひと筋の光──天橋立……!!」
光の橋が架かったと思ったら、そこに俺は落ちた。
今の詠唱は……紅葉様のものか? どうにか起き上がろうとするものの、力が入らない中。ひょいと手を伸ばされた。伸ばしてきたのは利仁だった。
「……利仁」
「あれは必死で天命を詠み切った。このままいけば鈴鹿は間違いなく五体満足ではなくなるし、そちも死ぬ。だから必死だったよ」
「紅葉様が……」
「早う立て。我らではあれを突き落とせぬ。田村丸だけじゃ、力不足じゃ」
「……相変わらず、だな」
どうにか起き上がり、どうにか壁面をよじ登って火山口から出ると、向こうでは紅葉様もへばって座り込み、それを保昌と茨木童子が介抱しているようだった……気に食わないが、今はそれでいいとしておくか。
田村丸に加勢していたのは、棒を振り回す酒呑童子だった。ふたりがかりの馬鹿力で、ようやっと悪路王から余裕は消えた。
「き、さまらああああ……!!」
「ここであれを落とせば終わる」
「あんたに言われずともわかっている!」
頼光と利仁が矢で牽制を、ふたりがかりでの激しい突きで、いよいよ悪路王の足下が危なくなってきた。
俺は火山口で待ち構えて、太刀を抜いた。
……何度も何度も同じ目には合わない。一度捨てると決めた命だが、今は惜しくもある。そのまま引き抜いて、閃かせた。
悪路王の筋肉が、俺の太刀をそのまま抜かせない。
「なんだ? また同じことを……」
「する訳が、ないだろう!?」
その太刀に思いっきり体重をかけると、さすがに悪路王もぐらついた。そのまま、酒呑童子の激しい突きが、悪路王に決まった。
俺ごと悪路王を突き落としたのだ。俺は下の天橋立に落ちたが、それは悪路王の体を通過していった……人しかあの橋に乗ることはできなかったみたいだ。
「おのれ、おのれおのれおのれぇぇぇぇぇぇぇぇ…………!!」
絶叫は聞こえてきたが、そのまま溶岩に流されてしまった。
だが、先程から地鳴りがひどい。
「あ、悪路王は、本当に倒せたんですよね!?」
紅葉様の心配の声が上がる中、酒呑童子が当然とばかりに答える。
「火山噴火が、そう簡単になかったことになると?」
「巫女、おしまいじゃ。一旦山から離れるぞ。巻き込まれる」
鈴鹿はどうにか力を使わずに済んだものの、活性化する火山に目を大きく見開く。
「麓の人たちは!?」
「案ずるな、既に黒虎が降りておる。麓には結界が張られているから無事であろう。だが、我らが巻き込まれてはかなわない」
「うん……維茂!」
俺はどうにか橋から上に登ると、紅葉様がおろおろと立ち上がって俺の傍に寄ってきた。
「……維茂、逃げられますか?」
「当然です」
こうして、俺たちは最後の封印に背を向けて、逃げ出すこととなった。
火山はとうとう噴火し、そのたびに激しい地鳴りを響かせる。まるで悪路王の最後の悪あがきのように。この世の終わりのように。
だが。巫女は死んではおらず、呪いも受けず、この世の女は未だに人のままだ。
まだこの世には、明日というものが来るらしい。




