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悪路王降臨・二

 保昌と私が、それぞれ星を詠みながら詠唱を唱えている間も、目の前で戦いは続いていた。

 あの悪路王の放つプレッシャーのせいなのか、先程から火山口から噴き出るマグマの量も、間欠泉から噴き出る湯気の量も多い。世界の終わりというのは、きっとこんな気配のことだろう……ううん。

 鈴鹿がさらわれたら、その時点で皿科の命運が尽きる……女が全員鬼になったら、人間が消えて弱肉強食の世界へと変わってしまう。そんな世界、地獄となにが違うのか。

 悪路王は神通力こそ使ってこないものの、シンプルに強い凶悪な鬼のせいで、前線で戦っている田村丸も維茂も苦戦している。支援としてずっと弓矢を射続けている利仁と頼光でも、あの凶悪な悪路王の動きを止めることができないでいる。

 そんな皆に、保昌は詠唱を放った。


「后の慈愛は鎖と共に、海原に鎮みし真心の錨……九曜くよう……!!」


 その詠唱が全員にコーティングされた。九曜は人にかける最高位の結界詠唱だ。あまりにも力の強い悪路王に何度も何度も殴り飛ばされ、そのたびに吹き飛ばされるけれど、ここは火山口だ。人間が万が一溶岩に落ちたらひとたまりもないから、こうやって保昌は九曜をかけることで溶岩から脱出するまでの間だけでも持ちこたえるように使ったのだろう。

 私の詠唱も、そろそろ完成する。私は空を見上げながら、締めの詠唱を口ずさむ。


「弓の弦たる欠けたる月よ、その身をもって禍と成せ……下弦!」


 本当だったら。悪路王に意味があるのかどうかがわからない。ただ悪路王に何度も何度も投げ飛ばされる威力を半減でもできたら、ちょっとは皆のダメージも減るんじゃないかと思い立っただけなんだけれど。

 私はそう思いながら、次の詠唱を唱えようと思って、どうにか空を仰いだとき……天命の星の流れが、全部は詠み切れないけれど、変わっていることに気付いた。いや、違う。これは。


「……紅葉様?」

「……保昌、あの人たちが来るみたいです。天命の星の位置が、変わっているんです」

「ええ……?」


 私も詠唱に落とし込めるほども、天命を詠み込むことはできていない。でも。天命で詠めるはずの鬼は、本来だったら悪路王だけだということだけはわかる。

 侵入者が現れたんだ。私は保昌に伝える。


「結界を、一瞬だけでかまいません。解くことは可能ですか?」

「悪路王に逃げられるかもしれませんよ?」

「逃がしません。維茂……!」


 私が声を上げると、維茂は悪路王の腹に大きく蹴りを入れた。


「紅葉様」

「悪路王の足止めを、お願いできますか?」


 私の意図がわかったらしいけれど、維茂は心底嫌そうな顔をした。そうだね、維茂はあの人嫌いだもんね。


「俺はあれが来ずともかまわないと思いますが」

「鈴鹿のためです! 私は、鈴鹿の術を完成させたくはありません!」


 四神の力を全部使った術なんて、どんな副作用があるかわからないんだから、あんなもん使う前に終わらせたほうがずっといい。

 田村丸は「ははっ」と鼻で笑ってから、悪路王に大剣を叩き込む。もっとも、先程からずっとふたりが足止めとして機能していても、決定打は与えられていないのだ。本当に忌々しい。


「紅葉がああ言ってくれているんだ。俺たちでこれを消せるんだったら消すが……ここで全滅したらどっちみち鈴鹿の術に頼らざるを得なくなる。どうする?」

「……わかりました」

「ありがとうございます!」


 私たちがどれだけ会話をショートカットにしたところで、悪路王もこちらの行動なんて読めているだろう。

 こちらも喉で笑った。


「甘く見られたものだな、いいぞ。増援を何人呼んでも。それで我が倒せるならなあ……!」


 そう言って、田村丸の大剣を掴もうとするが、それよりも先に足下に利仁の弓矢が飛んでくる。それを避ければ頼光の弓矢だ。


「舐められたものだな、我らも」

「そうだね……正直私もあれらに力を貸してもらうというのは癪で仕方がないけど、でも。これ以上皿科で好き勝手されるのはもっと癪だからね」


 頼光の弓矢に、力がこもる。

 彼の精密な一撃は、悪路王の足と膝の付け根を狙った……いくら彼が弓矢を刺しっぱなしでも平気で動けるからと言っても、動く際に機能する付け根を刺されたら、抜かない限りは動けない。

 私は積極的に足止めしてくれているのを確認してから、そっと保昌と黒虎に訴えた。


「……結界を一瞬だけでいいので解いてください」

「やれやれ。あれとまさか共闘することになるとは、思ってもいなかったけどね」

「あのひとたちを完全に信じられる訳ではありませんが……悪路王を止めるという目的だけは共通していますから」


 黒虎はかぶりを振ってから、保昌がつくった結界の札に手をかける。


「破るぞ?」

「……はい、僕たちだけでは、倒せませんから」


 保昌は少しだけ悔しそうな顔をしたものの、すぐに気を取り直して結界に手をかけた。結界が緩み、その緩んだ拍子に、つむじ風がふたつ、こちらに滑り込んできた。

 こんな火山口でつむじ風が吹き荒れたら、普通は怖いし天変地異の前触れじゃないかと思うけれど、今はこのふたつが頼もしい。


「なんだ、大きな口を叩いておいて、まだ倒れてないではないか」


 ふん、と鼻息を立てたのは酒呑童子だった。相変わらず不遜な態度であり、悪路王をちらりと見る仕草はふてぶてしい。

 その隣では茨木童子がひらりと舞って、私のほうに気付くと、小さく手を振る。振り返すべきかと迷ったものの、あからさまに維茂が機嫌悪く茨木童子を睨み付けていたために、手を振るのは止めたほうがよさげと、頭を下げるだけに留めた。


「あらあら、巫女も今は身動きが取れないようねえ……まあ、ここは朱雀の封印跡ですし、これだけ条件が整っていれば、倒す術も多いでしょうね。ねえ、そこの踊り子さん」


 これは……利仁のことだよなあ。

 そういえば黒虎は利仁の正体を知っていたけれど、このふたりは知っているのかな、人間の体だから知らないまんまなのかな。

 利仁の隣で、頼光はいつもの穏やかな表情をしていたものの、おそらくはこのふたりが嫌い過ぎてポーカーフェイスとしていつもの表情を浮かべているに過ぎないんだろうなと思う。

 利仁のほうは全く普段と変わらない飄々とした態度で、茨木童子を見やった。


「なんじゃ」

「ちょっとここを壊してもよろしい? 朱雀の管轄だから、こちらも下手に反感を食らいたくないのだけれど」


 ……まさかと思うけど、酒呑童子も茨木童子も、利仁の正体を知っていたの? 私と黒虎以外は気付かないと思ってたんだけれど。

 利仁は憮然とした態度で言い切った。


「壊れた物は直せばいいだけのこと。好きにせよ」

「ありがとう。ですって、酒呑童子」

「ふん。なら好きに使わせてもらうか」


 酒呑童子はそう言い切ったあと、真っ先に火山口に手を伸ばした。途端に、地鳴りがし、さっきよりも活発に溶岩が噴き出て、間欠泉からの蒸気で熱いし視界まで悪くなるしで、最悪な状態になってきた。硫黄の匂いだって強く濃くなっている気がする。

 それに悪路王が「はん」と嘲笑う。


「守護者といえども手応えがないと思っておったが、巫女を賜る前にちょっとは骨の折れる相手が来おったか」

「たわけたことを抜かすな。貴様を楽しませに来たのではない……貴様を屠るためにこの場に来たのだからな」

「ごめんあそばせ、あなたとはどうにも性が合わないようですから、ね」


 ……敵が味方になるのはお約束だけれど、あれだけ怖い以外の感情がなかった敵が、味方になるとこうも頼もしくなるのかと、少しだけほっとした。でも。

 鈴鹿は皆で必死に悪路王を食い止めている間も、酒呑童子と茨木童子の乱入の間も、全く身動きが取れないでいる。おまけに。

 右手には凍傷、左手には火傷。右足には草木の根が這いずり、左足には砂がぱらぱらとくっついている。四神の力の代償が怖過ぎる。

 彼女の術が完成する前に決着を付けないといけないのに、私にはまだ、皆を手伝うための術がない。

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