星空夜話・五 鈴鹿と利仁その二
利仁は、本当に気付いたらひょっこりと鬼無里に紛れ込んでいた。
元々鬼無里は代々巫女を輩出するから、頼光みたいに都から使者がやってくることは少なくないし、商人の出入りだってあるけれど、旅人がわざわざ用事もないのにやって来ることはない。
私たちは、誰も彼もが彼のことを、本当に当たり前のように受け入れてしまっていた。
あれだけ変わっている口調であっても、妙に上から目線でも、誰も気にしていなかった……彼の正体を知るまでは。
「鈴鹿、少しだけ昔ばなしをしてもいいか」
利仁がそう言うのに、私は思わず笑う。
「何故笑う」
「うん、ごめん。あなたからそういう風に話しかけられる日が来るなんて、思ってもみなかったから。いつも助けてくれているのに、全然助けてくれているようにみせていなかったから」
「ふん……我らが巫女を再び失わぬよう、見張りなのだ。馴れ合う気は毛頭なかった」
「うん、そうだね」
私が茶化しても仕方がないので、黙って彼の話を聞いた。
彼はどこか遠くを見ていた。思えば、利仁はいつもどこか帰りたい場所を見ていたような気がする。踊り子だからそういうものなのかなとも思っていたけれど、今となっては、この人の会いたい人はもういないからなのかもしれない。
帰りたくてももう帰れない場所が、利仁の帰りたい場所なのだろうと。
「……皿科に鬼が出たとき、我らは巫女と共に鎮めることを選んだ。元々人も鬼も我らが産み出したもの。それを自ら滅するのは気が引けたが……既に皿科の皿は、数多の魑魅魍魎の跋扈により割れかけていた。このまま放置することもかなわなかったのだ」
「……そっか」
「我らの子ゆえ、巫女を大切にしておったよ……あれを番にする気は、なかったんだがな」
利仁は、今までになく苦しそうに、その言葉を絞り出した。
私は彼をじっと見た。
白虎の言っていた話。最初の巫女は記憶を奪われ、四神との絆を失ってしまった。子供は生まれたものの、再び記憶を奪われるかもしれないとなったら、隠すしかなかったと。
……最初の巫女の伴侶が、彼だったんだろうな。
「……利仁、私は最初の巫女ではないよ?」
「そんなこと承知しておるよ。死人には何人も勝てる訳がない。もうあれは、我の記憶の中にしかおらぬ」
「うん」
「だが、もう二度と失いたくないだけじゃ」
「あなたの、番にはなれないよ?」
「自惚れるな。そちの番はあれであろうよ」
ここからは少し離れている先にいる、田村丸の長身。
……最後の契約をしたけれど、彼の記憶は完全に戻ったのかな。そうだといいのだけれど。
利仁は鼻で笑った。ようやく、いつもの皮肉めいた彼に戻ったような気がした。
「我は思い出だけを愛撫し、残りの人生を生きるがよかろうよ」
「……そんな寂しいこと言わないでよ。あなたの大事だった人は、あなたの幸せを」
「あれは、記憶を奪われてしまった時点で死んだ。もういないも同然じゃ」
……田村丸のときは、四神と契約して彼自身の力が勝れば、呪いは少しずつ解けるものだったけれど。最初の巫女の場合は伴侶が朱雀だったがために、これ以上強くなることはできず、彼女の呪いも解けなかった。
彼がわざわざ人の身になっていたのは、そういうことなのかもしれない。
……ひとりで生きるには、人生は長過ぎる。
「……私は、捨てられていなかったら、鬼無里に流されていなかったら、田村丸が捨てられていなかったら、会えなかったんだよ。私は巫女にならずに、ただの村娘や町娘として、剣を持たずに生きていたかもしれない。もしかしたら行商をしていたかもしれない。田村丸だって、どこかで鍛冶氏や大工をしていたかもしれない。奇跡なんて、どこに転がっているかわからないんだよ。だから利仁」
我ながら、私は最低だなと思う。
私は、田村丸以外と生きる人生をこれっぽっちも考えていない。
大事な友人の紅葉や、幼馴染の維茂や保昌ですら、私の人生の全てにはなり得ない。それでも。
共に旅を続けて、ようやく終焉を迎える。それを一緒に過ごした仲間の幸せを、どうして祈らずにいられるんだろう。
「……あなたが、生まれ変わった番と再会できるかもしれない、そんな奇跡を信じてもいいじゃないか」
「……ふん」
利仁が鼻で笑う。
「四神に奇跡を語るか」
「……っ、ごめん……」
「だが、そうさな。どうせ残り三十年ほどは、人として現世に留まる。それまでに、我の番が見つからぬこともないだろうさ。鈴鹿」
皆の元に戻る前に利仁が言った。
「今度こそ、もうそちの番を手放さぬよう」
「……ありがとう」
肌がだんだんと粟立っていき、鼓動がおかしくなっているのがわかる。
こちらに、計り知れないなにかが近付いているのがわかる。
それでも、この戦いを生き残って私は。私たちは……その先に行くんだ。




