表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/69

星空夜話・五 鈴鹿と利仁その二

 利仁は、本当に気付いたらひょっこりと鬼無里に紛れ込んでいた。

 元々鬼無里は代々巫女を輩出するから、頼光みたいに都から使者がやってくることは少なくないし、商人の出入りだってあるけれど、旅人がわざわざ用事もないのにやって来ることはない。

 私たちは、誰も彼もが彼のことを、本当に当たり前のように受け入れてしまっていた。

 あれだけ変わっている口調であっても、妙に上から目線でも、誰も気にしていなかった……彼の正体を知るまでは。


「鈴鹿、少しだけ昔ばなしをしてもいいか」


 利仁がそう言うのに、私は思わず笑う。


「何故笑う」

「うん、ごめん。あなたからそういう風に話しかけられる日が来るなんて、思ってもみなかったから。いつも助けてくれているのに、全然助けてくれているようにみせていなかったから」

「ふん……我らが巫女を再び失わぬよう、見張りなのだ。馴れ合う気は毛頭なかった」

「うん、そうだね」


 私が茶化しても仕方がないので、黙って彼の話を聞いた。

 彼はどこか遠くを見ていた。思えば、利仁はいつもどこか帰りたい場所を見ていたような気がする。踊り子だからそういうものなのかなとも思っていたけれど、今となっては、この人の会いたい人はもういないからなのかもしれない。

 帰りたくてももう帰れない場所が、利仁の帰りたい場所なのだろうと。


「……皿科に鬼が出たとき、我らは巫女と共に鎮めることを選んだ。元々人も鬼も我らが産み出したもの。それを自ら滅するのは気が引けたが……既に皿科の皿は、数多の魑魅魍魎の跋扈により割れかけていた。このまま放置することもかなわなかったのだ」

「……そっか」

「我らの子ゆえ、巫女を大切にしておったよ……あれを番にする気は、なかったんだがな」


 利仁は、今までになく苦しそうに、その言葉を絞り出した。

 私は彼をじっと見た。

 白虎の言っていた話。最初の巫女は記憶を奪われ、四神との絆を失ってしまった。子供は生まれたものの、再び記憶を奪われるかもしれないとなったら、隠すしかなかったと。

 ……最初の巫女の伴侶が、彼だったんだろうな。


「……利仁、私は最初の巫女ではないよ?」

「そんなこと承知しておるよ。死人には何人も勝てる訳がない。もうあれは、我の記憶の中にしかおらぬ」

「うん」

「だが、もう二度と失いたくないだけじゃ」

「あなたの、番にはなれないよ?」

「自惚れるな。そちの番はあれであろうよ」


 ここからは少し離れている先にいる、田村丸の長身。

 ……最後の契約をしたけれど、彼の記憶は完全に戻ったのかな。そうだといいのだけれど。


 利仁は鼻で笑った。ようやく、いつもの皮肉めいた彼に戻ったような気がした。


「我は思い出だけを愛撫し、残りの人生を生きるがよかろうよ」

「……そんな寂しいこと言わないでよ。あなたの大事だった人は、あなたの幸せを」

「あれは、記憶を奪われてしまった時点で死んだ。もういないも同然じゃ」


 ……田村丸のときは、四神と契約して彼自身の力が勝れば、呪いは少しずつ解けるものだったけれど。最初の巫女の場合は伴侶が朱雀だったがために、これ以上強くなることはできず、彼女の呪いも解けなかった。

 彼がわざわざ人の身になっていたのは、そういうことなのかもしれない。

 ……ひとりで生きるには、人生は長過ぎる。


「……私は、捨てられていなかったら、鬼無里に流されていなかったら、田村丸が捨てられていなかったら、会えなかったんだよ。私は巫女にならずに、ただの村娘や町娘として、剣を持たずに生きていたかもしれない。もしかしたら行商をしていたかもしれない。田村丸だって、どこかで鍛冶氏や大工をしていたかもしれない。奇跡なんて、どこに転がっているかわからないんだよ。だから利仁」


 我ながら、私は最低だなと思う。

 私は、田村丸以外と生きる人生をこれっぽっちも考えていない。

 大事な友人の紅葉や、幼馴染の維茂や保昌ですら、私の人生の全てにはなり得ない。それでも。

 共に旅を続けて、ようやく終焉を迎える。それを一緒に過ごした仲間の幸せを、どうして祈らずにいられるんだろう。


「……あなたが、生まれ変わった番と再会できるかもしれない、そんな奇跡を信じてもいいじゃないか」

「……ふん」


 利仁が鼻で笑う。


「四神に奇跡を語るか」

「……っ、ごめん……」

「だが、そうさな。どうせ残り三十年ほどは、人として現世に留まる。それまでに、我の番が見つからぬこともないだろうさ。鈴鹿」


 皆の元に戻る前に利仁が言った。


「今度こそ、もうそちの番を手放さぬよう」

「……ありがとう」


 肌がだんだんと粟立っていき、鼓動がおかしくなっているのがわかる。

 こちらに、計り知れないなにかが近付いているのがわかる。

 それでも、この戦いを生き残って私は。私たちは……その先に行くんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ