最後の封印・二
乙女ゲームのルートによっては、攻略対象と対峙することだってあるけれど。
少なくとも本家本元の『黄昏の刻』ではそういう展開は一度もなかった。
利仁は日頃から飄々とした言動で、人を小馬鹿にしたような態度を取るものの、不思議と人を完全否定するようなことはしないという不思議な立ち位置だった。
そんな彼と対峙するとは、薄々予感はしていたけれど、本当にそうなるとは思ってもいなかった。
彼は弓に矢を番い、打ち込んでくる。
今までは鬼に吹き飛ばされたり、魑魅魍魎に妨害されたりしていたけれど、今は邪魔するものがなにもない。
その弓矢の腕は、私たちが知っている彼のものよりも、格段に跳ね上がっている。
「ま……さか、お前さん今までさぼってたのかい?」
ブンッと大きく大剣が振り下ろされたが、それを利仁は体重を感じさせない動きで跳躍して避けた。
田村丸の大剣を避けながら、なおも彼は弓に矢を番う。
「そんな訳なかろうよ。単純に、顕現の際に体を人に合わせたまでよ。白虎も言っていたであろう。四神は巫女を介してでしか、人や鬼に介入できぬと」
「つまりは?」
またも大きく田村丸が大剣を振るう。それをコロンと避けて、利仁は矢を射った。
「守護者として皿科を騙したまでよ。我らもそう何度も何度も巫女を失う訳にはいかぬからな」
矢は田村丸目掛けて放たれたが、それは風のように鋭い太刀筋で捌かれた。維茂が全て切り払ったのだ。
「事情はわかったが。他の四神は貴様のことを知っていたのか?」
黒虎をちらりと見ると、大きく頷いた。
おそらくは、白虎も青龍もわかっていたんだろうな。それに頼光は矢を仕向ける。
「なるほど……よほど四神は巫女に過保護に見えるね」
「今まで、助けてくれていたんだね、利仁」
「勘違いするな、巫女。我は大したことなどしておらぬよ。そちとそなたらがここまで続いただけのこと。四神とて、できることとできぬことくらいあるわ」
この人、本当にどうしようもないな。
今までここまでしゃべりながら戦闘をした覚えもないけれど。なんたって鬼無里に住んでいた人間は、皆利仁のやり口を知っているものだから、少し隙をつくったらすぐにそこを突いて襲いかかるものの、それすらも利仁に捌かれてしまう。やり口を知っているのは、私たちだけではないということだ。
鈴鹿が「田村丸、ちょっと跳ぶから台になって!」と言ってから、彼女は田村丸が差し出した両手を受けて跳躍する。そのまま田村丸も鈴鹿を投げ飛ばす。
「桜花剣舞!!」
そのまま彼女の太刀筋が利仁を斬ろうとするが、それも彼はヒョイと軽く避けてしまう。
矢も剣も届かないとなったら、いよいよ星詠みの詠唱勝負となるのだけれど。
私たちは空を眺めていた。私は必死で運命を詠み解こうとする。今までの説明で、利仁は人カウントなんだから、鬼の情報の載っている天命じゃなくっても詠めるはず。保昌は空を仰ぎながら、「紅葉様」と呟いた。
「僕が鈴鹿様に援護します。鈴鹿様は利仁さんをお願いできないでしょうか?」
「利仁を……どうすれば?」
攻撃力を削るっていうのも考えたけれど、今までの敵が打撃系だったから意味があったんだと思う。利仁は読み合いに長けているから、こちらの体力を削る作戦を取っているから、意味がない。
次に考えたのは、彼の動きを遅くすることだけれど。問題は詠唱が当たらないことには、こちらも全く意味をなさないということだ。
保昌はさっさと鈴鹿のサポートのために詠唱をはじめてしまったし、私も考えないといけない。利仁を止めて、試練を円満に終わらせる方法。
……そういえば、鈴鹿はさっきから自力の技ばかり使って、一度も四神の力を借りていない。それは利仁に対して遠慮があるのかなとも思ったけれど。
「……手の内を全部知っているせいで、契約の力を引き出せてない?」
だとしたら、今のところ星詠みに一切の攻撃が入らないのも説明が付く。今までだったら真っ先に詠唱で妨害するのが趣旨の星詠みが攻撃されるのに、私たちの場合は詠唱の邪魔さえしてしまえば問題ない判定されているんだ。
もっとも。保昌はさっさと対策を立てていたらしく、竹の札を取り出すと、それを「鈴鹿様!」とぶん投げていた。あれは、星詠み修行中に見た、詠唱を書き留めた護符だ。星詠みの詠唱を書き込み、血を流すことで機能するそれに、自分の血を注いだのだ。
「これは!?」
「札に全て書いてあります!」
あれは力が少しだけ増す護符。それだけだったらあまり意味がないものの、今の鈴鹿だったら、守護者の皆の援護の下でその護符を使いこなすことができるはず。
保昌が続いて守護者の皆に札を渡そうとするものの、さすがに邪魔だと判断されたらしく、こちらの足下目掛けて何度も何度も牽制の矢が振り注ぎ、そのたびに維茂が叩き切ってふせいでくれている。
さて。私もうかうかしちゃいられない。利仁の動きを止めるのも、足を遅くするのも駄目なら……視界をいただくしかない。私は必死に星を詠み解いてから、詠唱を唱えた。
「日の上に人はなく、人の下には日は落ちず、弧を描き落ちた車の先よ──三方荒神!!」
星を詠んで位置は掴んだ。どうか外れてくれるなよ。私は祈りを込めて、利仁に向かって詠唱を放った。
途端に、今まで軽やかでいて俊敏な動きを示していた利仁の動きが鈍った。
しかしながら、利仁の口元にはにやりと笑みが浮かんでいる。
「……見事だ」
「あなたと戦うのですから、こちらも手加減なんてできません」
三方荒神は、はっきりと言ってしまえば視覚を一定時間奪う詠唱であり、ゲーム中だったらそこまで強い詠唱ではなかったものの……今は大量の守護者と巫女の動きを精密な動きで避け続けていた利仁からしてみれば、致命的とも言えるものだ。いくら四神であったとしても、五感が満足に働かない状態では、動きが鈍くなる。
それでもこちらに矢を番ってくるから、私は必死で逃げるしかなかった。でも。
私が逃げたことで、鈴鹿はようやく利仁に打ち込む隙が生じた。
「ありがとう、紅葉! 利仁……!!」
鈴鹿の流麗な動きで振るわれる鬼ごろしの剣。
彼女はここまで来るのに、いったいどれだけ泣いたのだろう。どれだけ孤独を味わったのだろう。どれだけ自分の無力さに打ちのめされて、空を仰いだのだろう。
彼女が膝を抱えて泣いている場面なんて、私も滅多に見せてくれなかった。それこそ、全部見ていたのは田村丸くらいじゃないか。
ここでやっと……ひとつの決着だ。
利仁はふっと笑った。それはひどく優しい顔で──こんな顔は、鬼無里でも見たことがない。彼は自分の脇に、思いっきり鈴鹿の刃を受け入れたのだ。
鮮血が、散る。
咄嗟に鈴鹿は剣を地面に捨てると、彼を抱き締める。
「利仁……!」
「……なんだ、別に死ぬわけではなかろうよ。それに今は試練中だ!」
「……今ので、最後の試練は終わったはずだ。早く評定を」
「ふん……そう急かすな。どっちみち急かしたところで、あれが来るのを早めるだけよ」
そう言って利仁はコポリと血を噴き出しながら、ちらりと黒虎を見る。黒虎は腕を組んで首を振る。
「貴様もずいぶんと、人の姿が様になっているみたいだな?」
その黒虎の言葉に、私たちは目を見張った。
つまりは、ええっと……四神というよりも、人の括りってこと?
それに気付いた保昌は慌てて利仁の治療にかかりはじめた。切り傷も矢も普通に受けて……いくら試練とはいえど、なんなんだ本当にと、勝手な八つ当たり思考ばかりが浮かんでしまう。
利仁に言っても仕方ないんだけれど。
「ふん……評定は、これで力を示した。鈴鹿に最後の力を引き渡したいが。その前に一対一で話をしてもいいか?」
おい。こんな展開なかったぞ。
まあ既に利仁のルートは閉鎖されているから、フラグ的にはなんの心配もしてないけど。わはは。
私は思わず黒虎を見ると、黒虎は呆れ返った顔で利仁を見て、しっしと手を払った。
「さっさと終わらせてこい。どのみち、ここから先は皿科を賭けた戦いだ」
「ふむ。鈴鹿、いいか?」
「……うん」
保昌の詠唱のおかげで、ある程度元気になった利仁は、保昌に「すまんな」とだけ言って、鈴鹿と連れ立って火山口の近くへと向かっていった。
もうここから先は、私たちでは間欠泉の音に邪魔されてなにをしゃべっているのか聞こえない。黒虎は呆れ返っていたから、多分鈴鹿と繋がれば簡単に立ち聞きできる立場でも、聞く気がないんだろうな。
「あの、最初の巫女が結婚していた相手ですけど」
私は念のために黒虎に尋ねる。
「それって朱雀だったんでしょうか?」
「ほう……その根拠は?」
何故かひどく面白そうに言うので、私はむっとしながらも思ったことを口にする。
端的に言えば、私は本家本元をクリアしているから、一応利仁ルートのあらましを知っているからなんだけれど。私は喉を鳴らしてから、続けてみる。
「わざわざ人の形を取ってまで巫女を守りに来ていたのは、過保護かなと思ったんです。鈴鹿にかかわった四神は皆親切で、彼女に対して過保護だったんですけど、度を過ぎていると言いますか」
「はっはっはっはっは」
黒虎は腕を組んで笑った。いや、笑うところか。人の恋バナだからか、そうなのか。
「世の摂理だ、番を失えばそのまま果てることもあるが、残念ながら我らが四神はこの世を守る義務があるからな。果てることも叶わぬし、さりとて人として生まれ変わることもできぬよ。朱雀も人の肉体は持っていても、いずれは元に戻る身。ただ……今生の巫女と同じように年を重ねることができるというだけだ。もっとも、既に巫女には番がいるから、あれもどうしようもないとわかってはいるだろうがな」
あんたサラリと利仁ルート入りしてないのに、重要なこと言うなよ!? 利仁のルートは知ってたけど、ロジックは今初めて聞いたわ!!
……田村丸をちらりと見るものの、こちらは涼しげだ。おっと、選ばれた余裕か。
さて、私たちはふたりが戻ってくるまで待たなきゃ駄目か。
どっちみち、次が最後の戦いであり……皿科存亡が、ここで決まる。




