最後の封印・一
温泉でようやく身も心もリフレッシュし、今まで本当に枯渇していた乙女ゲーム成分まで浴びたおかげで、ようやく元気になった。
鈴鹿も私が維茂とあちこち回っている間に元気になったらしく、温泉街から出た頃には気のせいか前よりも元気になっていた。
よかった……と私は思う。
鈴鹿は最後の封印での二連戦のことで思い詰めていた。これは私がなにを言ってもきっと鈴鹿は無理をするだろうから、田村丸あたりが言ってくれたほうが効いたと思ったんだ。鈴鹿が元気なんだったら、私はそれでいいよ。
いよいよ最後の封印が近付いてくる。
だんだんと硫黄に匂いが強くきつくなり、あちこちの間欠泉から浴びたらたちまち火傷するような湯気が噴き出し、この辺り一帯が朱雀の管轄なんだと思い出させた。
「最後の封印ですが……敵がなんなのかが正直わかりません」
保昌の言葉に、皆黙り込んだ。
そうなんだよなあ……。
今までの封印の試練は、どれもこれも私が知っている本家本元のボス戦にはならなかった。だから今回もならないと考えたほうがいいんだろう。
でもリメイク版はキャラ被りも設定被りも唐突な設定変更も無茶なレベルデザインも、ゲームのリメイク版として売り出しては駄目だろということをこれでもかとしてきたんだ。もうなにが来ても驚かないぞとは思っているけれど、なにが来るのかは正直私も読めていない。
本当になにが来るんだろう。
溶岩のコポコポと立てる音を耳にしながら、頼光は腕を組みつつ尋ねる。
「そうだね、朱雀の眷属が来るのが妥当なんだろうけれど……姑獲鳥や八咫烏が来るかもわからない。空を取られたら、最後の試練はちょっと厳しいかもしれないね」
どれもこれも、有名な名前ばかりで、こんなんと戦えと言われても……とげんなりする。
でも維茂は割と冷静だ。
「だが、空を飛ぶなら矢が当たるだろう。近くに来るなら斬ればいい。足止めを頼めるんだったら、一羽しかいないものだったらたやすい」
「まあそうだな。最悪、叩けるんだったらなんでもってところだ」
これには田村丸も同意って感じだ。それに頼光は苦笑する。
「君たちは単純だね」
「そりゃけなしてるのかい?」
「いや、君たちみたいにもっと簡素に考えたほうがいいのかなと思っただけだよ」
皆士気も高いし、絶対に負けないって気迫を感じる。
これだったら、たとえそれがどんなものでも大丈夫かなとは思う。ただ。
私は会話に参加せず、いつもの飄々とした態度で鈴鹿を眺めている利仁を盗み見た。正直、この人が朱雀のあれな以上、私は彼から目を離しちゃ駄目だろうと思う。既に真相ルート入りしているから、彼のルートにはかすってもいないけれど、リメイク版でだったら彼の設定がどう作用するのか私にも読めないからだ。
私の盗み見ていた視線に気付いたのか、利仁が尋ねてくる。
「なんじゃ、どうした紅葉」
「いえ。私は最後の戦いで足を引っ張らないようにしなければと、そう思っただけです」
「そうじゃな、まあそちはなんの問題もなかろうよ。既に力を蓄えておるゆえな。巫女も守護者も申し分ない……楽しみじゃな」
そうぽつんと言う。
おそらく、この場にいる誰もその言葉に対して疑問を持つことはない。いやできないだろう。転生者である私以外は。
利仁の言葉に、黒虎は半眼になった。彼は元々巫女の試練には一切関与しない。
「相変わらず過保護だな」
その言葉もなんのことだか、きっとわからないだろう。
……私も白虎の話を聞かなかったら、きっとわからなかっただろうから。
****
火山口の近く。そこに最後の封印は存在していた。
今まで以上に硫黄の匂いが流れ、じっとしていると汗から水分を全部持って行かれそうな勢いだ。はっきり言って、無茶苦茶熱い。
最後の戦いの前に、保昌が円陣を描きはじめた。円陣で結界を展開し、それの要に試練には四神である以上関与しない黒虎を手招いて呼ぶ。
「この結界の守護をお願いできないでしょうか?」
「ふむ……悪路王が侵入することを知らせることはできるだろう。だが、悪路王をそのまま倒すことはできないと心得よ」
「それは四神ですから仕方がありません。ですが、鈴鹿様を守る猶予が、ほんの一瞬でも欲しいんです。どうぞよろしくお願いしました」
「心得た」
黒虎が悪路王の侵入を知らせてくれるんだったら、どうにかその一瞬で体勢を整え直せば迎撃できるだろう……今は別行動している酒呑童子と茨木童子を思い出すものの、あの人たちを数に入れていいのかはわからないから、今は放置しておく。
鈴鹿は緊張した面持ちで、鬼ごろしの剣に手を添えていた。まだ抜いていないのは、この戦いがはじまったら、今まで見えない方法でさんざん嫌がらせをしてきた悪路王が現れるせいだろう。
彼女が剣を抜くのを一瞬躊躇っている中。田村丸がポンと彼女の頭に手を乗せた。
「大丈夫だ、鈴鹿。お前さんのできることをしろ。それを手伝うために、俺はいる」
「……うん、ありがとう田村丸」
「一応言っておくけど、これは最後の試練ではあっても最後の戦いではないよ? 巫女もあまり気負わないようにね」
「わかってる、頼光」
「大丈夫ですよ、鈴鹿様。これで皿科の雌雄が決する訳ではありませんから」
「うん……保昌」
皆が銘々に声を投げる。それを見ながら、私も思わず声をかけていた。
「鈴鹿。全てが終わったあと、あなたの好きなことをなさってください。あなたが望むことだったら……私はどんなことでも賛成しますから」
「うん、紅葉。本当に……ありがとう」
彼女がようやく、鬼ごろしの剣を抜いた。
「私は四神の巫女、鈴鹿。南の朱雀に契約を申し込みに来た──……!!」
鞘には金色の、青龍、白虎、黒虎の紋様。最後に朱雀の紋様さえ入れば、四神全ての力を借りることができる。
火山口いっぱいに広がる鈴鹿の声だけれど。でも。
青龍のときにも白虎のときにも聞こえた声が聞こえない。黒虎は少々特殊だから除外するとしても。
誰もなにも答えないことに、鈴鹿は困惑した。
「……朱雀?」
「ふむ。ようやく鈴鹿も覚悟を定めたそうだな」
鈴鹿の戸惑った背中に声をかけたのは、この場で全く空気を読まない利仁の声だった。
いや、充分空気は読んでいたと思う。皆の声かけに彼は一切茶々を入れなかったのだから。
利仁の声に、周りも戸惑ったような声を上げる。
「利仁さん……? どうして」
「ふむ。白虎が余計なことを言ったから、我の正体も割れたと思っていたがな。最初の巫女で我らは巫女を失ったのだから、我らの中から守護者を付けて巫女を守るのは当然のことであろうよ。だが、一応これは試練だからな」
そう言って彼は矢筒から矢を取り出すと、それを弓に宛がった。
「朱雀として、この最後の試練、受理しよう──さあ、どこからでもかかってくるがいい」
……あーあーあーあーあーあーあーあー。
クソプロデューサー! やっぱりかよ!!
だからあれほどキャラ被りと設定被りと出し惜しみ設定どうにかしろと!!
黒虎と戦ったときから、薄々そうなるんじゃないかと思ってたよ! でもこんなの転生者の私以外わかる訳ないじゃないか!
気付けば勝手に鬼無里に住み着いていた踊り子が、おかしな口調でしゃべっていても、素性不明であっても誰も怪しいと思っていなかっただろうし、皆当然ながら困惑していたものの。
我に返ったのはそもそも利仁との付き合いの浅い頼光であった。
彼もまた、さっさと弓に矢を番う。
「巫女、彼を倒すのが最後の試練なら、受けねば」
「……う、うん。利仁」
鈴鹿は剣を構えた。彼女を守護するように田村丸が大剣を構え、維茂はいつでも矢を落とせるようにと太刀を構える。
「行くよ」
最後の試練が、はじまったのだ。




