星空夜話・四 鈴鹿と田村丸その二
湯気が立ち込め、その中に足を浸していくと、旅の間ずっと酷使していた体がどんどんと癒えていくのがわかる。
これだけ穏やかで満ち足りた日は、いったいいつ振りだろう。鬼無里にいる頃でさえ、いつも穏やかな日とは限らなかったのに。
「どうした、鈴鹿。足湯は不満だったかい? ぼーっとした顔をして」
隣では田村丸も足を浸しながら、売り子から買ったゆで卵を食べている。私ももらったけれど、普通に茹でるのとなにが違ってこんなにおいしいのかが、よくわからずにしきりに首を捻っていた。
私は軽く田村丸に湯を蹴り上げる。
「もし魑魅魍魎を全て滅したら、こんな穏やかな日が続くのかと、そう考えていたんだ」
「そうかい。それが怖いと?」
「そうじゃないんだ。それに憧れている私が、少しだけ怖くなっただけ。ずっと紅葉にも怒られ続けているのにね。魑魅魍魎を滅した皿科で、これからも生きていくんだって。私、巫女としての生き方以外知らなかったから、本当に不思議で」
「まあ、いいんじゃないかい。お前さんはそれで」
そう言って田村丸は私の頭を撫でてきた。記憶もあとは朱雀と契約をすれば、完全に戻るはずだけれど、今はほとんど私の知っている田村丸と近くなっているのが、嬉しくもあり、怖くもある。
「そういうことばっかり言っていると、つけあがるよ?」
「ああ、ああ。それでいいんじゃないか。お前さんは無欲が過ぎるからな。もっと欲を全面に出せ」
「そうはいかないでしょ」
「それに、やることがないんだったら、俺と一緒に全部終わったら鬼無里に帰らず、そのまま旅に出ないか?」
そう言われて、私は止まった。
田村丸は珍しく、ひどく神妙な顔をしていた。
「どういうこと?」
「いろいろあるだろ。西の封印は折角浜辺だったのに、ちっとも海を堪能できなかった。北の封印は雪だらけだが、あそこで獲れる魚は美味いらしい。それに東。あそこは四神契約の旅に忙しくてちっとも寄り道できなかった。今は最後の封印に向けて動いているから、ようやく観光できているけどな。無駄なもんを無駄と切り捨てるよりも、生きるための栄養と思ったほうが楽しくないか?」
そう言われて、そういえばと私は思う。
「そこを助けないといけない、守らないといけないと思ったことはあっても、楽しもうって思ったこと、私ない……」
「ほら、お前さんはそういう風にぼーっとしているから。だから、旅に出てもっといろいろ知るんだよ。それならお前さんを心配している紅葉だって、保昌や維茂だって納得するだろうが」
「うん……そうだね。私、田村丸と旅に出てみたい」
思えば、私は本当に皿科を平和にするということ以外、なにも考えずにここまで来た。
もしかしたら、最後の封印で命を落とすかもしれない、悪路王に連れさらわれたら鬼になってしまうかもしれない。そう思ったら、ようやくやりたいことができたんだ。
私の言葉に、田村丸は再び私の頭をぐりぐりと撫でると、そのまんま私を引き寄せた。軽く背中に腕を回され、ぽんぽんと叩かれる。
「……鈴鹿、お前さんを鬼にはしないから」
「うん……全部が終わっても、一緒だよ」
小休止もここまで。明日からはまた剣を振るって魑魅魍魎を斬るのだから。
明日より先の話をしないとやってられない。




