最後のイベント前のサブシナリオ回収は、一周目ではあまりにも余韻がなくなるのでやらないほうがいいです
私たちが南の封印に進む前の武者修行は続いている。
田村丸は大剣ひとつを軽々と振って、数匹もいる魑魅魍魎をまとめて吹き飛ばせるようになった。ひるんだところで叩き潰せばおしまいだから、練度上げの修行にはうってつけとなっている。
維茂は前よりも切れ味が鋭くなり、ときどきかまいたちのような剣圧を出せるようになった。太刀はどうしても矢のように飛び道具にはならないから、遠くの敵を倒すのには不得手だったけれど、どんどん死角がなくなっていっている。
頼光は元々弓矢による精密射撃が得意だった。元々一撃必殺で雑魚の魑魅魍魎は簡単にいなしていたけれど、これが大型なものにも致命傷を与えられるようになった。弓矢はなんとなく優雅な雰囲気がしていたけれど、彼の弓を射る姿を見たら、きっと人は考えを変える……こんな怖い武器だったんだと思い知らされるだろう。
そしてそれ全体のサポートを続ける保昌は、前以上に結界と回復の詠唱のレパートリーが増えた。治療した相手の気の流れを一瞬だけ強めて皆の攻撃力を上げたり、少しずつ回復するようにしたりと。これだったら詠唱を邪魔されても、その詠唱が効いている間は攻撃を気にせず戦える。
この辺り一帯の火山にちなんだ魑魅魍魎の数々と戦いをこなし、少しずつ皆の力も蓄えられていっている……私以外は。
これが正式守護者と付け焼き刃の守護者の違いなのかなと愕然とするけれど、私だって鈴鹿を守りたい気持ちは皆と変わらないし……維茂と離れたくない。失敗したら皿科の女の人が全員鬼に変えられるっていうのに、その中でひとりで震えながら皆の帰りを待つことなんてできない。
私は相変わらず天命を見ることはできても、詠もうとするとその情報量で頭が痛くなって詠めなくなるという日が続いていた。運命のほうはなんとか前より詠み込むことができ、皆の補助詠唱だけは前よりも詠唱を速くすることができるようになったけれど。
維茂は私が天命を詠もうとして頭を痛めるたびに、私のほうに肩を貸してくれていた。
「……紅葉様、ご無事ですか?」
「維茂……なんとか。今回も詠み取ることができませんでした。申し訳ありません」
「謝らないでください……俺が、余計なことを言ったばかりに」
「どうしてそこであなたが謝るんですか。単純に、私がしたいことをしているだけですから」
そう言って私はいなすけれど、なかなか維茂は納得してくれない。
私たちの様子を、基本的に前と変わってない利仁は淡々と評する。
「なんじゃ、前以上に過保護になりおって」
「……利仁、黙れ」
「一応過保護になった自覚はあったようだな」
そう言って利仁が鼻で笑うのを、またも維茂が突っかかろうとするので「お止めなさい、維茂。利仁も」とどうにか食い止める。
この人もまあ、私が転生者だっていうことを知っている知っていないはともかくとして、相変わらず腹の立つ物言いを投げかけてくるのはなんでなのか。
利仁が好きなのは、基本的に鈴鹿のはずなのになあ……今回はルート入りしてないから、恋愛的な意味ではなくて親愛的な意味だけれど。
閑話休題。私たちはさんざん武者修行したあと、温泉街へと訪れることになった。最後の休息と言ったところだ。
この辺りは都の貴族や各地の商家の人々も体にいいと、温泉にやってくる、ちょっとした観光名所になっている。火山から湧き出る温泉に川の水を引いて人間も入れるようにした温泉は、独特の匂いがして心地よく、足湯なんかもあちこちにある。
温泉の湯気を使って蒸した野菜や卵、饅頭なんかも人気で、足湯に入りながら売り子から買った蒸したての食べ物を食べるというのが、ここでの乙な楽しみ方となっている。
「あちらで浴衣に着替えてください。それで各温泉をお楽しみくださいね。刀や弓など、錆びてしまうものは、こちらでお預かりします」
温泉街の入り口で説明を受け、皆で顔を見合わせる。
維茂は難色を示したけれど、気を遣ったのか入り口の番頭さんは「もし腰が寂しいようでしたら、こちらの木刀をお使いください」と貸し出してくれた。その木刀は、はっきり言って無茶苦茶重く、ただこれでぶん殴るくらいだったら太刀と遜色ないんじゃないかと思う。
皆がそれぞれ木刀を受け取って、貸し出してくれた浴衣に着替えに向かう。浴衣はたしか、ある時代まで下着扱いされていたはずだけれど、本当に『黄昏の刻』は和風だったらなんでもありなんだなあと思いながら袖を通し、帯を締める。
温泉街で見るような浴衣で、南の封印近くの火山の暑さだったらこれ一枚でも充分そうだ。それにしても布の触感が心地いいのは、この辺りで織られた生地がいいものなのかなと、しきりに浴衣を触りながら、皆の方へと出て行った。
「ああー……疲れたもんだ。鈴鹿はどこか行きたい温泉はあるかい?」
「そうだね。私は足湯に行きたいんだけど」
「ああ、そうだな。足湯だったら男女共用だし」
田村丸は浴衣を着ても、胸板はまろび出ているし、袖は捲り上げているし、普段と変わらない印象。対する鈴鹿はしとやかに浴衣を着ているのを見るとなんとなく嬉しい。ゲームだったら鈴鹿のスチルはなかなか拝めなかったから、眼福というものだ。
私がひとりでうんうんと頷いていると、売り子の人たちが一生懸命蒸した食べ物や温めたお酒を売るために歩いているのが目に止まった。
「芋ー、ふかし芋ー、卵も野菜もあつあつだよー、冷めない内に食べておくれー」
甘いものが無性に食べたくなるのは、今日も頭を使い過ぎたせいか。それを見ていた維茂が「我々はあちらに行きましょうか?」と誘ってくれた。
はあ、温泉饅頭も蒸し野菜も無茶苦茶食べたい。きっとおいしい。私が頷くと、維茂は周りを見た。
「俺たちは向こうでちょっと食べてくるが、他に行くものはいるか?」
「ああ、でしたら僕たちはこちらで織物見学に参ります」
「私は酒を飲みに行ってくるよ。この辺りの酒は辛くて濃いと聞いているからね」
「我はこの辺りで芸を見せてくる。踊らねば芸も錆びようぞ」
皆めいめい好き勝手なことを言っている。
そういえばこの辺りは、サブシナリオでも選択式で好き勝手言っている守護者をひとり選んで一緒に回るというものだったなとぼんやりと思いながら、私と維茂は温泉街で食べ物巡りに向かった。
最初に売り子から買ったのは、温泉街特製饅頭というものだった。
「この餡はこの辺りの特製ですので、どうぞ火傷しないようにお召し上がりください」
「ありがとうございます。はい、維茂も食べましょう」
「いただきます」
饅頭を割ってみると、餡が黄色い。この辺りだと芋も食べるみたいだし、それで餡をつくっているのかなと思いながら、鼻を動かす……あれ、この匂い。
火傷しないようにおそるおそる食べてみると、コクのある卵の優しい味が広がった。
卵餡だ。卵に小麦粉を合わせてだまにならないように混ぜて、糖で甘くしている……その上隠し味に牛乳を入れているのかな。その優しい味わいに満ち足りた気分になる。
「おいしいです」
「ふむ……珍しい。卵餡とは。新鮮な卵でなかったらつくれないでしょうし」
「そこは素直においしいって言いましょう、維茂」
それに難しい顔をする維茂に、私は笑ってしまった。そっか、維茂はこういう味に馴染みがないのかもしれないなあ。
糖分を摂ったら、ずっと痛かった頭もすっきりしてきた。
私が口元の卵餡を拭っていたら、維茂の唇の端にも付いていることに気が付いた。
「餡、付いてますよ」
思わず指で拭ったとき、「しまった」と思う。
いくらなんでも調子に乗った。まだ付き合ってもいないのに、彼女面をしてしまった。私が一瞬「ごめんなさい」と慌てて離れようとしたものの、維茂は自分の口元を拭った私の指にレロリと舌を這わせた。私の肩はビクンと跳ねる。
「……餡がもったいなかったから、よかったです。紅葉様」
……調子乗ってる! 私よりも維茂のほうが調子乗ってる!
乙女ゲーム展開に浮かれているのは、なにも私だけではなかったようだ。




