これはシナリオには書かれていない、私だけの気持ちです
私が狼狽えている中、維茂は淡々と語る。
「紅葉様が旅に同行したのは、鈴鹿のためでした。ですが、鈴鹿は俺たちの誰よりも強くなりましたし、あれのことを一番守りたいと願っている田村丸の記憶も戻りつつあります。彼女が悪路王に狙われていることで心配なのはわかります。ですが、鬼に無理矢理転身させられるのは鈴鹿だけではなく、紅葉様。あなたもなんです……遠くに逃れれば遅くなるのかはわかりませんが、これ以上あなたに旅の同行をしてほしくないんです」
「……それは、私が鬼無里の頭領の娘だからですか?」
私は震える声で聞いた。
あなたの気持ちがわからない。紅葉は……ううん、私もだ。維茂が好きだという気持ちに嘘偽りはないけれど……でも。彼からしてみれば、私は鈴鹿のことが大事だから旅に同行したと思っているんだ。
……言える訳ないじゃない。鈴鹿が無事に田村丸と結ばれてくれないと、維茂が取られてしまうかもしれない。遠距離恋愛なんて全然信用してない上に、リメイク版では婚約者という枷すら付いてない。ただ待つのが嫌だったから付いてきたなんて、命をかけている現場ではあまりにもしょうもなさ過ぎて、言える訳ないじゃない。
私の言葉を受け、維茂が言った。
「違います。これはあなたが頭領の娘でなくても言っていました」
「どうして……!」
「あなたにこれ以上危ない目に遭って欲しくないと、どうしてわからないんですか?」
維茂は静かに私に語りかけた。
「俺はあなたのことが大切です。あなたが誰と結ばれても俺はかまわないんです。ただ……あなたが息災で、幸せであれば……正直、皿科の安寧よりも、あなたの幸福のほうが、俺には大切なんです。ですから……」
「……それは私も同じだって、どうしてわかってくれないんですか!?」
とうとう私は叫んだ。
……いろいろあって、言い訳していた。私は紅葉であり、紅葉の気持ちだからとずっと誤魔化し続けていた。こんな土壇場にならなかったら、多分口にすることだってできなかったはずだ。
乙女ゲームだから、イベントがあって、それに沿った行動すればいいんだってどこかで思っていたけど、そうじゃなかった。冷静に考えたら、主人公である鈴鹿にはそんなシナリオが用意されていても、脇役どころか、リメイク版では冒頭のみしか出てこない紅葉には、そんな上等なもの、ある訳がなかった。
無愛想で嫌みで、あまりにも言葉数が足りなくて誤解されがちだけど……私にとってはとても優しいこの人に、さっさと告白すればよかったんだ。
……私の馬鹿っ、大馬鹿じゃん。
「あなたが好きです、離れたくないです。鈴鹿も田村丸も保昌ももちろん大切ですが……なによりもあなたと離れるのが嫌で、私は必死に星詠みの修行をしました」
「…………っ」
維茂は目を見開いた。
……本当に大馬鹿だ。これだけ近くにずっといたのに、全く気付かれないくらいに、私は口にしていなかったどころか、態度にも現れていなかったらしい。
乙女ゲームにしろ、現実にしろおんなじだ。言わないことは、気付かれないし悟られないんだ。
「たしかに私は、星詠みとしては中途半端です。結界を張ることもできなければ、人を癒やすこともできません。戦う詠唱すらできません。ですけど……! それでも皆と一緒にここまで生き残れるくらいには、力を付けてきました……! 鈴鹿はたしかに強くなりました。四神の内の三柱と契約しましたもの、当然です。でも……そんな彼女だって、絶対に悪路王を倒せる保証は、あなたが五体満足な保証は、どこにもないはずなんです……!」
維茂は私を凝視したまま、固まっている。
お願いだから、もう無視しないで。拒絶しないで。離れたくない。なんのためにここまで来たのかわからない。
ましてや悪路王のことがなにひとつ片付いてないのに、今この人と離れたら、もう二度と会えなくなってしまうかもしれない。それだけは……それだけは、絶対に嫌。
「お願いです、最後まで一緒にいさせてください。邪魔にはなりません。足手まといにもなりません。ですから……!」
「……だからあなたに鬼無里に戻っていただきたいんです」
維茂は私に手を伸ばすと、そのまま私の背中まで腕を回した。むわりと漂うのは、彼の汗のにおいと、彼の着物に移した香の匂い。清涼感の漂う、松葉のような強い匂いが、鼻を通っていった。
「……守護者になったのは、少しでも早く皿科が平定し、あなたが鬼無里で無事に過ごせるようにです。ですから、あなたに守護者になってほしくはなかった。俺は絶対に、巫女よりあなたを優先するかです。それでは……守護者失格ではありませんか」
「……ですから! 私のことは守っていただかなくてかまいません! 鈴鹿を……」
「あなたが俺のことを大切なように、俺だってあなたが一番大切なんです……! あなたに向けていた気持ちは、あなたのように綺麗なものじゃない。あなたの綺麗なものだけでなく、あなたの憎しみも悲しみも喜びも痛みもおそれも、全て俺に向けて欲しいと思っていた……! だから俺は、茨木童子が憎いんです。あなたから、おそれられていたから」
私は抱き締められたまま、彼の言葉をポカン……と聞いていた。
……あれ、維茂。本当に私のことを、好き……?
今までのことを思い返した。私が前世の記憶を取り戻したとき、近所の子供にひどく怒っていた。私が星詠みの修行をするようになったとき、心底嫌がっていた。私が着替えたときに照れ、なにかあったら鈴鹿よりも真っ先に私を優先していた……。
それは全部、私の護衛だからだと思っていた。私がどんなに好きでも、彼にとってそれは使命なんだろうなと、寂しいけれど理解していた、つもりだった。
全部、私の勘違いだったの?
そう気付いた途端に、どっと顔が熱を持った。
「……維茂、あなた。私のことを……」
「先程申したままです」
「もう一度……おっしゃってください」
「言ったら、あなたは鬼無里に戻ってくださいますか?」
「戻りません。嫌です。どんなに危ないとあなたが言っても、私はあなたの傍から離れません……あなたの傍が、一番居心地がいいからです」
そこまで言ったあと、ようやく維茂の腕は緩んだ。私は解放されたのかと思っていたけれど、突然に彼の顔が近付いてきた。維茂が屈んだんだ。
驚いて見ていたら、小さく「目を閉じてください」と言われた。
途端、唇にカサリとしたものが触れた。
……キスをされたと、ようやく気が付いた。
しばらくその温度を追っていた。そのわずかな匂いを嗅ぎ取っていたところで、名残惜しくも唇の温度は離れていった。
「……本当に、南の封印まで行くつもりですね?」
「……はい」
「……俺は、あなたを一番には守れませんよ?」
「守れてないじゃないですか、その言葉」
「……今度ばかりは、皿科がかかっていますから。俺はあなたに鬼にはなって欲しくはありません」
「はい……どうか、鈴鹿をよろしくお願いします。私はあなたが最大限戦えるように力を尽くしますから、あなたもどうか、巫女を守るのに尽力してください」
今だったら、運命だけじゃない。天命も見える。
それでなにがどう変わるのかはわからないけれど、多分補助詠唱しか使えない私でも、できることがあるはずだ……召喚の円陣だって、解除できたんだもの。やれることが増えたはず。
私の言葉に、ようやく維茂は根負けしたように、呟いた。
「……次は、全て終わってから言わせてください」
「私、あなたにまたお見合いしろと言われたら、舌噛みますから」
「噛ませません。噛まないでくださいよ」
その言葉で、私は少しだけ胸が温かくなった。
……生き残りたい生き残りたい、この人と絶望しか見えない最後の戦いを越えて、一緒に生きたい。
最後に私が背伸びをして、彼の唇に軽く自分のものを押し当てた。維茂は、虚を突かれた顔をした。
「はい、続きは全てが終わってから致しましょう」
「……はい」
こうして私たちは、それぞれの部屋へと戻っていったのだった。




