一応残りのタスクも消化してしまわないと、ラストまでの展開は存在しないと思うんですよね
私たちは下山して庄屋さんの屋敷に戻ると、それぞれ休むこととなった。
もう本当にいろいろあり過ぎて、なにをどう消化すればいいのかわからない。特に鈴鹿は保昌にしもやけの治療はしてもらったものの、なまずを食い止める際に力を使い切ったせいで、部屋に着いた途端に泥のように眠ってしまった。
私も召喚の術式の解除を手伝ったせいで、体だけは本当に疲れ切っていて眠ってしまいたいのに、体は動かないのに意識だけははっきりしているという状態で、寝るに寝れなかった。どうしよう。
困り果てた私は、少しだけ夜風に当たりに行った。
本当だったら明日にはすぐ、西の封印に向かって玄武と対峙するべきなんだけれど。今の状態でできるのかな。
なによりも、残りの二柱と契約したら、鈴鹿は悪路王にさらわれてしまう。鈴鹿を囮にして、悪路王と対峙しないといけないのが一番厄介だった。
はあ……私は本当にただ、紅葉と維茂がくっつくルートが見たかっただけ、鈴鹿と田村丸がくっつくのを応援したかっただけだったのに。どうしてこうなったんだか。
それもこれも全部クソプロデューサーが悪いんだけれど、それを私が言っても皿科の人たちには意味がわからないだろうしなあ。
ひとりで帳を巻き上げて、夜空を眺めていたとき。
庭に人がたたずんでいるのが見えた。
……利仁だった。なんで。
私は見なかったことにして部屋に戻ろうとしたとき、それより先に「紅葉」と呼び止められてしまった。……だから、あんたのルートは既に閉鎖されておろうが。鈴鹿が落とせないからって、私にちょっかいをかけるのは止めて欲しい。
「……なんですか、眠れなかったんですか?」
一応当たり障りのない言葉をかけると、利仁は「ふむ」と頷いた。
「あれだけ慣れぬことをしたというのに、そちも眠れぬようだな。巫女は?」
「なまずを止めるために、あれだけ鈴鹿は頑張ったんです。起きていられる訳ないじゃないですか。私も本当は体は疲れ切っているんですけど……寝付けなかったんです」
「面倒なものよの」
「……そうですね」
ここで維茂に会って、誤解されたらどうしよう。ブラックサレナはサツバツは好きだけど恋愛的な修羅場はほとんど起こらないから大丈夫……とは思うけど。ここのプロデューサーの趣味がわからんせいで、迂闊に信用できない。
ひとりでダラダラ冷や汗を掻いているけど、利仁は無視して空を眺める。
「我も別に、皿科の理を賭けた戦いになぞ、出るつもりはなかったんだがな。巫女にも済まないことをした」
「……鈴鹿は多分、あなたを怒ってはいないとは思います。いいえ、彼女は怒ることができません。四神の巫女はそういう風に育てられますから……私はそれが彼女の不幸だと思います」
利仁はこちらを意外そうな顔で見た。
ふん、こちとら何周プレイしたと思っているんだ。あんたの正体くらい知っているわ。ルート入りしてないから言わないだけで。
ただ文句くらいは言わせて欲しい。利仁に言ったところでしょうがないってことくらいはわかっているけど、転生してきた私くらいしか文句は言えないだろうから。
「鈴鹿は四神の巫女として育てられ、それ以外の生き方を知りません。酒呑童子に言ったことが彼女の全てで、私にはそれが怖いんです……彼女は全部終わったあと、燃え尽きてしまいそうで。だからこそ、彼女には皿科を守る以外のことを知って欲しいんです。やりたい夢とか……好きな人とか……そんな執着がなかったら、残りの人生、生きていられないじゃないですか」
「……ふむ。巫女はたしかに不幸よの。本人がそれを一番わかっていないというのが、ますますな。だが、その中にも幸福はあったか。そちのような友人に会えたことはな」
そう言って、すたすたと中庭から戻って屋敷内に入ってきた。そのまますたすたと部屋へと戻る。
「巫女を大切にしてやれ。あいにく我は守護者としての使命を全うすること以外、あれにはしてやれることがないが……そちは違うであろう? 異界の娘よ」
「え……」
「なんでこうも混ざったかは知らぬが、面白いこともあるものだ」
そう満足げに言って、戻ってしまった。
……私が転生者だって、知ってたんかい。いや、あいつだったら知ることもあるだろうけどさ。
心臓がドッドッドッドッと音を立てる。これはときめきじゃない。過呼吸だ。
でもまあ、利仁に言われたことで、少しだけほっとした。鈴鹿が四神と契約した瞬間に、悪路王が彼女をさらいに来るだろう。でも彼女は、四神契約の旅を終えて、魑魅魍魎を滅したあとも、楽しく人生を送るんだ。
彼女を好きな人がいて、心配してくれる人がいて、幼馴染がいる。これだけあったら、彼女は人生を楽しく送ることができるだろう。
……うん、それで充分だ。
少しだけ気持ちがすっきりして、私も部屋へと戻ることにした。
明日は西の祠に行くぞ。うん。
****
次の日、着替え終えたら庄屋さんたちはひっくり返ってしまった。
お忍びで巫女と守護者ご一行が来たようなものだから、本当に慌てふためいてご飯や備蓄の用意をしてくれるのを、皆で必死に押し留める。
「待ってください! 私たちはただ、大江山の鬼退治に行くために変装していただけです! 別にあなた方に不意打ちで訪問するつもりはなかったんで、歓迎会とかそういうのは結構です!」
「なんと! 大江山の鬼まで退治してくれたなんて、ますますもってお礼をせねば、我々も面子が……!!」
「ですから!」
鈴鹿と保昌、ふたりがかりで必死で歓迎会をしようとする庄屋さんを止めていた。
その中で、本来だったら外交をしてくれる頼光は式神の紙を開いて中身を読んでいた。どうも都かららしい。
「黒虎のおかげで、無事にさらわれた人々の帰還が完了したようだね。しばらくは大江山の鬼も大人しくなると連絡しておいたよ」
「それはよかったです……」
「都も少しは落ち着きを取り戻すといいんだけどね。我々はまだ、残りの神と契約せねばならぬのだし」
「しかし、西の白虎か……また虎と戦うというのも、難題だな」
田村丸が腕を組んでいる。
そりゃそうだ。
既に私たちは黒虎と戦い、その強さにげんなりとしている。また同じような戦術が通用するとも思えないし。まさか今回も四神本人とは戦うとは思えないけど、それと同種であることはたしかだろう。
維茂も田村丸と同じ意見みたいだ。
「動きを止めて、その間に戦うにしても……黒虎と同じ囮作戦は無理だろう」
「だとしたら、もういっそのこと氷漬けに足止めしてもらって、その間に皆で殴るとかは……」
私が思わず口をついて出た言葉に、ふたりとも変なものを見る目で見てきた。
……そりゃ神様の眷属にすることじゃないか。私が反省したところで、保昌もようやく庄屋さんの説得から戻ってきた。
「なんとか食事と備蓄をいただくということで話は終わりました……作戦会議はどうなりましたか?」
「それが紅葉様の意見で……」
私が言ったあまりにも罰当たりな内容を、保昌はふんふんと聞いた。
「大丈夫だと思います」
「だと思った。星詠みや鈴鹿の補助が必要になるが」
田村丸は保昌の答えににやりと笑う。
なんですと。
とりあえずこれで行くことになりそうだけれど……いいのかな。いいって言ってるんだからいいのかな、多分。
維茂は私のほうをちらりと見てくる。
「紅葉様、お見事です」
「お、思いつきを口にしただけなんですけど……」
「それでも充分です。ただ、昨日のような無茶はあまりしないでください」
そうきっぱりと言われてしまった。だって……力を振り絞らなかったら、召喚の解除なんて間に合わなかったじゃない。
私がシュンとしたのを見て、利仁は維茂にきっぱりと「過保護よの」と一蹴した。またも維茂が眉間に皺を寄せて利仁を睨むのに、私は「やめてください」と慌てて割って入った。
いろんな不安は募るけれど、ひとまず私たちは荷物をまとめて西の祠へと向かうこととなったのだった。




